栄養
Nutrition
あなたは、あなたが食べてきたそのものです
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あなたは、あなたが食べてきたそのものです
2024.06.21
今からちょうど280年前、1744年6月、英国海軍の英雄ジョージ・アンソン(George Anson, 1st Baron Anson, PC, FRS)提督が、約4年にわたる世界一周の航海を終えて祖国イギリスに帰還しました。
その航海の途中、アンソンはスペインのガリオン船コバドンガと戦ってこれを拿捕、そのときの戦利品には、ペソ銀貨131万3843枚と、3万5682オンス(約1トン)の銀塊が含まれていました。
これはイギリスがスペインと戦った10年の間に手に入れた、もっとも価値ある戦利品です。
しかしアンソンは、32台の荷馬車にいっぱいとなった戦利品と引き替えに、高い代償を払っていました。
実は乗組員が「壊血病(かいけつびょう)」という病にかかり、水夫の3人に2人以上がそのために死んだのです。
この航海の間に海戦で死んだ水兵は僅か4人だったのに対し、壊血病での死者は1000人以上にのぼりました。
壊血病は、船が2、3週間以上の長い航海に出るようになって以来、つねに船乗りに襲いかかってきた災です。
海軍に壊血病が発生したというもっとも古い記録は、1497年、ポルトガルの英雄ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)が喜望峰を回ったときのものです。
その後、勇敢な船乗りたちが地球を股にかけるようになると、発生率は高まる一方でした。
余談ですが、アフリカ大陸の最南端は、喜望峰ではありませんよ。
東に約160キロ行ったところのアガラス岬は、さらに65キロも南に伸びています。
さて、女王エリザベス一世の艦隊の船医を務めた英国の外科医ウイリアム・クルーズ(William Cruise)は、最終的には200万人の水夫を殺すことになる凄まじい症状について、次のような克明な記録を残しています。
歯肉は歯根のあたりまで腐り、ほおは硬く腫れあがって、ぐらつく歯は今にも抜けそうになる。…息は臭く、足には力が入らず、体のいたるところが疼き、青や赤のあざができる。あざには大きいものもあれば、蚤の噛み痕程度の小さなものもある。
人間の身体はビタミンCを利用してコラーゲンを作り、コラーゲンは身体の筋肉や血管などの構造を結合させて、切り傷や打撲の修復を助けます。
したがってビタミンCが欠乏すると、出血が起こり、軟骨、靭帯、腱、骨、皮膚、歯肉、歯がダメになってしまいます。
要するに壊血病の患者は、徐々に身体が崩れ、痛みに苦しみながら死に至るということです。
ビタミンという言葉は、生命維持に必要な有機栄養素を表していますが、人間の身体はこの栄養素を自分でつくることができません。
普通、わたしたちはビタミンを果物から摂取していますが、当時の平均的な水夫の食事に果物は含まれていなかったのです。
何万人もの水夫を死に追いやった、この腐敗病を食い止めることのできる者はいないと長い間思われていた1746年、大きな突破口が開かれました。
この年、ジェイムズ・リンド(James Lind FRSE FRCPE)という若いスコットランド人海軍外科医が、英国軍艦ソールズベリーに乗り組んだのです。
彼は、明晰な頭脳と几帳面な性格を活かし、論理と合理性を武器に、壊血病という人類の災いに立ち向かいました。
特筆すべきは、ジェイムズ・リンドが世界ではじめて「対照比較試験」を行い、オレンジとレモンを食べた水夫がめざましい回復をしたことを突き止めたことです。
しかし内気な性格のリンドは、この研究結果をすぐには公表しませんでした。
400ページにもおよぶ『壊血病について』という論考が、アンソン提督に捧げられたのは、6年も経ってからのことで、18世紀当時の医学界はこれを支持しませんでした。
さらに悪いことに、リンドは輸送と貯蔵の利便性を考慮し、濃縮レモンジュースを開発したことでこの治療法の信用を落としてしまいました。
「ロブ」と呼ばれたそのジュースは、レモン果汁を加熱し、蒸発させてつくるのですが、リンドはこの加工過程で、壊血病の治療の有効成分であるビタミンCが破壊されてしまうことを知らなかったのです。
ちなみに、わたしたちが「生菜食」を勧める最大の理由です。
…レモンを食べるというごく簡単な「レモン・セラピー」は誰にも相手にされず、壊血病は相変わらず猛威を振るい、さらに多くの水兵たちが死んでいきました。
ジェイムズ・リンドの試験から33年を経た1780年、リンドの仕事がギルバート・ブレーン(Sir Gilbert Blane, 1st Baronet FRS FRSE)という「冷たい頭脳(チル・ブレーン)」の異名をもつ著名な医師の目に留まります。
リンドの論文を読んだブレーンは、
〝 理論だけにもとづく提案はしない。
あらゆることを経験と事実に照らして確かめる。
経験と事実こそはもっとも確実で間違いの少ない指針である。〞
というリンドの毅然としたマニフェストに感銘を受けました。
いくつかの実験を経て、「傷病委員会」のメンバーに任命されたブレーンは、英国軍艦すべてに対して、壊血病の予防手段を講じられる立場になります。
そして1795年3月5日、この委員会と海軍本部は、1日に4分の3オンス(約20cc)の加熱しないレモン果汁を支給すれば水兵の命を救うことができるとの合意に達します。
ジェイムズ・リンドはその前年に亡くなっていますが、英国の船舶から壊血病をなくすという彼の「使命」は、ギルバート・ブレーンによって立派に果たされたのです。
リンドの先駆的な対照比較試験からイギリス人が「レモン・セラピー」を採用するまで、約半世紀という長い時間がかかりましたが、他の多くの国々ではさらに時間を要しました。
イギリスが遠方の土地を植民地化し、ヨーロッパの隣人たちとの海戦に勝利するうえで、「レモン・セラピー」が非常に有利に働いたのは明白です。
たとえば、こんな事例です。
ナポレオンの即位1周年にあたる1805年12月2日、アウステルリッツの戦いにおいて、ナポレオンは優勢な敵に対し、後に芸術と評される采配を振り完勝しました。
その一方で海戦は、フランスの敗北に終わっています。
海戦に先立ち、ナポレオンはイギリスに侵攻する計画を立てますが、英国海軍による海上封鎖によってナポレオンの船は何ヶ月ものあいだ母港に足止めされ、計画は阻止されました。
フランス海軍を足止めさせることができたのは、英国の船では、乗組員に果物が支給されていたからです。
そのおかげで、壊血病で死んでいく水兵の代わりに、新たに健康な水兵を送り込む必要がなく任務を中断せずにすんだからに他ありません。
ヴィルヌーヴ率いるフランス・スペイン連合艦隊は、ネルソン率いるイギリス艦隊に捕捉され、10月21日、トラファルガーの海戦で壊滅しました。
余談ですが、ネルソン提督は、生涯、船酔いに悩まされたといいます。
人間の5%は、どうやっても揺れに慣れることができないようです。
教科書に取り上げられることはありませんが、実質的にリンドによる臨床試験の発明と、ブレーンによるレモン・セラピーの奨励が、イギリスを救ったと言っても過言ではありません。
ナポレオンの陸軍は英国陸軍よりも強かったといわれていますから、海上封鎖に失敗していれば、おそらくフランスは侵攻に成功していたでしょう。
ナポレオンは1795年に、「戦争には食糧が重要」だとして、一般からの食糧保存法を募集しています。
見事に賞金を手にしたのは、発明家のニコラ・アペール(Nicolas Appert)。
1804年に「細長いびんや広口のびんに予め調理した食品を詰め、コルクでゆるく栓をし、湯煎なべに入れて沸騰過熱し、30-60分後、びん内の空気を除いて、コルク栓で密封する」保存食品の製造法を考案。
パリ近郊のマシーに保存食品製造所を開いてびん詰めの製造を開始しました。
この方法でナポレオン率いるフランス政府の新しい食品貯蔵法についての懸賞に当選し、1万2千フランの賞金を獲得したのです。
このとき、レモンを加熱せずに瓶詰めにする製法が考案されていれば、戦況は違っていたかもしれませんね⁉︎
ビタミンCは筋肉の研究などでも知られる、アルベルト・セント・ジェルジ・フォン・ナギラボルト(Albert von Szent-Györgyi Nagyrápolt)というハンガリー出身の生理学者によって発見されました。
その功績により、1937年度ノーベル生理学医学賞を受賞しています。
彼のおかげで、今日に生きるわたしたちは、壊血病はビタミンCの欠乏によって起こることを知っています。
しかし生命にとって重要なビタミンCが、マグネシウムの助けがなければ機能しないことを知っている人はごく僅かではないでしょうか⁉︎
わたしたち現代人は、「栄養失調は過去のもの」だと思っていますが、それは大きな間違いです。
矛盾しているようですが、望めばいくらでも食べ物が手に入る今日、多くの人が「栄養失調」に陥っています。
つまり現代食には、人体にとって必要な栄養が十分には含まれていないのです。
18世紀、水夫にふりかかった災いは、科学が進歩した今日も現実のものとしてわたしたちに襲いかかっています。
栄養は空っぽなのに高カロリー(エンプティカロリー)な食べ物、つまりジャンクフード(超加工食品)を満腹になるまで食べ、大腸に溜め込んで毒素をつくり、体内を酸化・炎症させ、細胞のミトコンドリアを石灰化し、自ら老化・病気を引き起こしているのが現代人ですが、そこに現代版の栄養失調が加わればどうなるでしょうか?
… 答えは明白ですね!
あなたは、マグネシウムなどのミネラルが豊富に含まれた土壌で育った果物や野菜を食べていますか?
もし答えがNoだとしたら、18世紀の人々よりも酷い食環境かもしれませんよ⁉︎
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