人体

Human body

大自然の叡智の結晶・人体

「生きている」とは、どういうことなのか?

2023.05.19

 

マルコ・ポーロは、石造りの橋について話すにあたり、一つひとつの石について語った。

「ところで、橋を支えているのはどの石だ?」とフビライ・ハンは尋ねた。

「どれか一つの石で支えているのではありません。

石の連なりが形作るアーチで橋を支えているのです」とマルコ・ポーロは答えた。

フビライ・ハンはしばらく黙って考えたあとで、

「ではなぜ私に石の話をしたのか?

私にとって重要なのはそのアーチだけだ」と尋ねた。

マルコ・ポーロは「石がなければ、アーチは作れません」と答えた。

イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』より

 

日頃考えることはないと思いますが、地球上に棲む生物は食べたり排泄したり、運動しているだけではなくて、宇宙からの目に見えないさまざまなエネルギーを受け取って生かされています。

では、この「生きている」ということは、どういうことなのか?

さらには、さまざまなエネルギーを創り出している宇宙はどうなっているのか?

個人的なことで大変恐縮ですが、筆者がもっとも謎に思うことで、もっとも知りたいことでもあります。

なぜなら、これら「生命の根源」が解明できれば、健康はもとより、運命さえもより良いものに変えられると信じるからです。

 

人体についてわかっていることは僅かだとしても、近年のヒト生物学の研究の進展ぶりは、19世紀後半に物理学で起きた革命を想起させます。

 

Heinrich Rudolf Hertz

 

1887年、ドイツの科学者ハインリッヒ・ヘルツは、裸眼では見えない謎の「電磁波」をつくり出す方法を発見しました。

すでにジェームズ・クラーク・マクスウェルによって考案されていた理論の通り、光は電磁波の一種にすぎず、他にも、今ではX線や電波として知られる目に見えない電磁波が存在することを、ヘルツは明らかにしたのです。

わたしたちヒトの脳が、眼というレンズを通して認識できる電磁波は光だけで、それもごくわずかな範囲です。

今日にしてみればこれは偉大な発見ですが、当時は、その実用的意義の大きさに気づいていないどころか、意義があるかどうかさえ定かではなかったといいます。

 

Abstract electromagnetic wave background

 

残念なことにヘルツは、1894年に36歳という若さで亡くなりましたが、自分の発見がやがてラジオやテレビ、インターネットをもたらすことになるとは全く想像していなかったのです。

これと同様に、今、ヒト生物学の世界で相次いでいる発見もわたしたちの想像を超える形で、わたしたちの子孫に大きく影響することになるでしょう。

期待したいですね!

ということで本稿は、弊社の書籍からの引用をもとにした、「生きている」ことについての四方山話です。

人間はどこから来て、どこへ行くのでしょうか?

 

弊社の書籍『Unshakeable Life “揺るぎない人生”』(第12版)の第1章は、宇宙誕生のお話しから始まります。

宇宙の始まりは、およそ138億年前…。

宇宙はただ1個の粒子の状態だった、とする「ビッグバン理論」が最初に報告されたのは、1933年にベルギーの天文学者で神父でもあったジョルジュ・ルメートルが著した『宇宙進化の議論』においてですが、ビッグバンはどのようなメカニズムで引き起こされたのかは不明でした。

 

Galaxy explosion big bang of star universe illustration concept

 

では、ビッグバンはどうやって起きたのでしょうか?

その謎の答えだとされているのが、ビッグバン直前の”宇宙のはじまりの瞬間”をとらえた「インフレーション理論」です。

東京大学の佐藤勝彦名誉教授や、マサチューセッツ工科大学の宇宙物理学者アラン・グースが提唱したこの理論では、宇宙誕生の10-36秒後(0.00000000000000000000000000000000001秒)から10-34秒後という超短時間に、顕微鏡でも見えない極微粒子(原子1個)の領域だった宇宙が急膨張し、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉になったと説明しています。

この強烈な最初のインフレーション瞬間の膨張速度は、シャンパンの泡1粒が、光速より速く、一瞬のうちに太陽系以上の大きさになるほどのとてつもない速さと広がりです。

この瞬間に重力が、時間が、そして物理法則を支配するほかのすべての力が創られたと考えられています。

その爆発的な膨張速度から、佐藤名誉教授は「指数関数的膨張モデル」と名付けています。

ということは、大元を辿れば、わたしたち人間は「宇宙が創り出したもの」で、これが人間の起源ということになります。

 

1932年に神経細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したチャールズ・シェリントン卿は、心と体についてこう述べています。

 

Sir Charles Scott Sherrington

 

…それらを分類するのは人為的なものである。ひとつを〝行動〞、もう一つを〝思考〞として、あるいはひとつを身体的、もう一つを精神的なものとして分離するのは人為的である。

というのは、それらは両方とも1人の完全な個人のものであり、始終、精神的物質なのだから。

 

彼は思考を、地球の自然な生産物であり、またその中に受け継いだものとして考えたようです。

そしてさらに、こう言っています。

 

もし脊椎動物が惑星の生産物ならば、われわれの心も惑星の産物だ。

それは互いに感じ、われわれの惑星の手段、方法にかみ合ったやり方で動いている。

乾いた土地は、それを歩く足を創り出した。

われわれの状況は、それを論ずる心を創り出した。

それは地球的状況である。

起因が地球にあり、反応が地球上にあれば、反応の媒体も地球上にあるのではないだろうか?

その媒体が心である。

 

宇宙空間には無数の銀河があり、100億光年の遥か彼方にも銀河が見つかっていますが、身近な太陽系にある海王星(Neptune)が発見されたのは割と最近で、1846年のことです。

 

Solar System – Neptune. It is the eighth and farthest planet from the Sun in the Solar System. It is a giant planet. Neptune has 14 known satellites. Elements of this image furnished by NASA.

 

海王星の発見は、天王星(Uranus)の惑星の動きを綿密に追跡し、その記録を数学的に解析したところ、太陽を中心とする単純な周回軌道からずれた動きをしていることがわかったことがきっかけです。

このずれについては、まだ観測されていない惑星が存在し、その重力に引っ張られているせいで天王星の軌道に影響が出ていると考えれば説明ができます。

そこで英国とフランスの天文学者たちは、その未知なる惑星の所在を計算して割り出し、予測された方角に望遠鏡の照準を精確に合わせました。

そして発見されたのが、海王星なのです。

 

自然科学の発展とともに、さまざまなことが解明されてきたと誰もが思うわけですが、現在、我々人類が「宇宙」について知り得ているのは、全体のわずか5%にも満たないと言われています。

残りの26.8%は暗黒物質(ダーク・マター)、68.3%は暗黒エネルギーであることが判明していますが、現代の自然科学ではこれらを見ることはできませんし、正体が何なのかもわかっていません。

 

Forming of accretion disk with dark matter and energy

 

これらの力も、海王星を発見した経緯と同様に、星や銀河の動きを説明するために存在が予測されたものですが、現時点ではまだ観測はされていないのです。

宇宙、それは自然科学では説明しきれないほど謎めいたものなのです。

 

物質の最小単位は「原子(atom)」で、その種類のことを「元素(element)」と呼んでいます。

原子の中心には「原子核(atomic nucleus)」があり、陽子(proton)と中性子(neutron )で構成されています。

陽子や中性子は、これ以上分けることのできない極小の「素粒子(elementary particle)」といいますが、2001年に小柴昌俊氏、2015年にその弟子の梶田隆章氏がノーベル物理学賞を受賞した「ニュートリノ(neutrino)」研究のニュートリノも素粒子の一つです。

 

Super Kamiokande

 

このニュートリノは、一体何をしているのか?は現在のところよく分かっていませんが、2011年にヨーロッパで行われた実験で、ニュートリノは光よりもわずかに早いという結果が観測されています。

この現代物理学の常識をひっくり返す大発見が事実なら、理論上、タイムマシンをつくることも可能といわれています。

 

余談ですが、原子の性質は陽子の数で決まり、陽子の個数が「原子番号」となります。

元素の周期表には、原子番号1の水素(元素記号はH)から順に、2番のヘリウム(元素記号はHe)、3番のリチウム(元素記号はLi)というように、規則性を持って並んでいますが、番号が大きくなるほど重くなっていきます。

自然界に存在するのは92番のウラン(元素記号はU)までで、それより重い元素は、1940年以降、人為的に合成されたものです。

新しい元素は、現在のところ118番のオガネソン(元素記号はOg)までで、それ以降は未知の領域とされています。

 

Periodic Table of Elements

 

そして、あなたという生命は、7000個(7000000000000000000000000000個 – 7オクティリオン・1027)もの原子が、精緻な方法と絶妙な連携で集まって実現しています。

わたしたちヒトは、ぜんぶで59種類の元素でできており、そのうち重要な24種類を「必須元素」と呼んでいます。

これから何十年とあなたを健康に保ってくれるであろうこの原子は、知性を持たず、それ自身は生命も持たない微細な粒子です。

しかしあなたは原子を持ち、「生きて」ここに存在しています。

これはいったい、どういうことなのでしょうか?

 

生物の最小単位は「細胞」です。

1665年、ロバート・フックは単純な顕微鏡を用いてコルクの薄片を観察し、内部が小さな区画に分かれていることに気づきました。

彼はその区画が男子修道院の質素な宿坊(Cell)によく似ていたため、そのまま「Cell(細胞)」と名づけたのです。

 

Robert Hooke

 

このとき彼が用いた顕微鏡は初期の低倍腹式のものですが、現在の顕微鏡なら、ナノレベル、つまりメートルの10億分の1単位で人体を観察することができます。

こうした技術革新の背景には、弛まぬ科学者らの努力があります。

米国生まれのエリック・ベツィグ、ドイツのマックスプランク生物物理化学研究所のシュテファン・ヘル、スタンフォード大学のウィリアム・モーナーらは、「アッベの回析限界」を突破して今日の顕微鏡技術の発展に大きく貢献、2014年にノーベル化学賞を受賞しています。

こうした技術のおかげで、人体を分子レベルで理解することが可能となり、今日では分子生物学や遺伝子工学など、より専門的な研究が進められています。

 

 

一方で科学がより狭い分野の深度を深めたことで、「全体を網羅した専門家など存在しない」と言われるようにもなったのです。

随分前ですが、1890年の時点で、タイムズ紙は「すでに知識はあまりに膨大になり、管理しきれなくなっている」と社説で述べています。

人体は機械とは違って、部分の単なる寄せ集めではなくて、全体で一つの意味を持つ統一的な組織であり有機的なものです。

つまり、細かく専門特化してしまった知識を再統合して、人体を全体として理解することが必要とされているわけです。

全体として理解しない限り、「研究の恩恵を受けるべき社会」の役に立てづらいということです。

 

3D. Cell, Human Cell, Animal Cell.

 

さて話しをもとに戻しますが、細胞自体はただの区画(Cell)で、それ自体では生きているとは言えません。

DNAも単なる物質で、生きているわけではありません。

人体は、それ自体では生命や知性を持たない、さまざまな物質が集まってできています。

しかしどういうわけか、これらの物質すべてをひとまとめにすると、「生命」が生まれるのです。

これは、現在の科学では、説明できない事実なのです。

 

生物の最小単位である細胞が生きていないということは、肉体そのものもそれ自体には生命力がないと考えざるを得ません。

DNAは細胞の神のような役割を演じています。

神はラテン語で「Deo」ですが、それはデオキシリボ核酸(Deoxyribonucleic acid)の名に通じ、神の如く、万物創造の神慮を複雑極まりない方法で、電光のように敏速に広くばらまいているのです。

また、ヒトの1個の細胞にあるDNAの情報は750MB程度といわれていますが、人間はその中に、タンパク質の設計図である遺伝子が2万6000個含まれています。

ヒトの遺伝子の数を他の生物と比べると、大腸菌は4000個、酵母は6000個と人間よりも少なく、ネズミやトウモロコシは3万個ほどと人間よりも多く含まれています。

つまり、DNAにたくさん情報を持っているからといって、複雑なことをできるというわけでもないようです。

 

Double helix DNA strands on a blue background with copy space 3D rendering illustration. Genetics, science, genome, medicine, biology concepts.

 

ヒトには60兆個(37兆個という説もある)の細胞からできていて、前述の通り、それぞれの細胞に2万6000個の遺伝子があります。

そして、どの遺伝子が働くかによって、細胞が役割分担をしています。

例えばこれは、2万6000個のアプリが入ったスマホが60兆個あって、各々が別々のアプリを起動しながらネットワークを作っているような状態です。

これらの細胞一つひとつが、生まれ落ちてから息を引き取る最期の瞬間に至るまで、あなたを守り、成長を支えるすべてを正確に心得ています。

この細胞がもつコントロールシステムを「エピジェネティクス」と言いますが、このシステムを動かしているエネルギーとはなんなのでしょうか?

 

Mitochondria, a membrane-enclosed cellular organelles producing energy, 3D illustration

 

ミトコンドリアは細胞内にある小さな器官で、わたしたちがもつほぼ全てのエネルギーをATP(アデノシン三リン酸)の形で生成します。

平均的に、各細胞に300〜400個存在し、人体全体では1京個(1京は1兆の1万倍)に達します。

事実上すべての複雑な細胞には、ミトコンドリアが存在しますが、それは細菌に似ています。

ミトコンドリアは、かつては自由生活性の細菌でしたが、20億年ほど前に自分より大きな細胞のなかでの生活に適応したのです。

ミトコンドリアには、ゲノムの断片がかつての独立した存在の名残りとして保持されています。

その宿主細胞との込み入った関係が、エネルギーや有性生殖や繁殖力から、細胞の自殺(アポトーシス)、生体の老化や死に至るまで、生命を織りなす生地全体をつくりあげたと考えられています。

このミトコンドリアが、生命の鍵を握っているのでしょうか!?

 

いずれにしましても、こんなに複雑なのに、うまく連携しあって「生きている」のが生物です。

生き物と機械の境界が、はっきりとわかりますね。

とにかく、生き物がやっていることは不思議です。

そして、あまりにも複雑です。

とにかくよくできているとしか言いようがない、というのが現在の自然科学の現状です。

生きているとはどういうことなのか、その仕組みはまだ想像もできないわけですが、私たちが生きている間に、その仕組みが科学的に解明されるのでしょうか。

科学者たちの努力に期待したいですね!

 

顕微鏡の技術革新に大きな貢献をした前出のエリック・ベツィグは、2015年にニューヨーク・タイムズ紙のインタビューに次のように答えています。

だから私は、肩書きを押し付けられるのが苦手なんです。

物理学を学んできたけれど、自分のことを物理学者だとは思っていないし、ノーベル化学賞を受賞したけれど、化学のことは何も知らないし、ずっと生物学者たちと一緒に研究してきたけれど、生物学についてはせいぜいうわべの知識しかありません。

強いて言うなら、私は発明家なのだと思います。[1]

 

そして、彼がノーベル化学賞受賞講演の最後に語ったのが、次の言葉です。

 

…最後に私が言いたいのは…リスクを冒すことについてです。

人々は何かあるとすぐに、リスクを冒せ、と言いますし、それは結構なことですが、でも、あなたにその言葉を投げかけるのはリスクを冒して報われた人たちです。

たいていの場合、失敗しないのであれば、それはリスクではありません。

ですから私は今ここで、どんな職業であれ、自分の財産、キャリア、名誉を賭けてリスクを冒そうと努力し、そして最終的に失敗した無名の人々に向けて、全身全霊で伝えたいのです。

そうやって苦労して取り組んだことこそが、世界をより良い場所にするために持てるすべてを出し切った満足感こそが見返りなのだということを、どうか忘れないでください。[2]

いかがですか?

感銘を受けますね。

世の中は、この星のどこかで人知れず努力している人たちの仕事で成り立っているのですね。

 

Bright Sun against dark starry sky in Solar System, elements of this image furnished by NASA

 

ところで、宇宙にあるすべてのものには寿命があります。

生物はもちろん、さまざまな星も、そして巨大な太陽ですら、未来永劫、輝きつづけることはありません。

では太陽には、あとどれくらいの寿命があるのでしょうか?

太陽のように自ら光を発して輝いている恒星は、その明るさと色から寿命を推測できますが、このルールに基づいて判断すると、太陽の寿命はおよそ100億年。

太陽は約46億年前に誕生していることから、あと50億年以上は輝きつづけることになります。

 

High resolution images presents creating planets of the solar system. This image elements furnished by NASA.

 

太陽が消滅すれば、少なくとも太陽系の惑星も消滅します。

あなたもわたしも、動物や植物も、山も、川も、かつて数十億年前は星くずでした。

ですから、わたしたちの意識や思考も、喜びや苦悩もこの不可思議な星くずから始まったとも言えるのです。

地球も宇宙に還る日がやってくるのです。

そこが、いつか還る場所だからなのでしょうか。

そのとき、わたしたちだった人のかけらも宇宙に還り、太陽系だったものたちと一緒に、新たな星に生まれ変わる旅に出るのでしょう…。

わたしたち人間は、死ぬのが恐ろしいと言いますが、それは生まれる前と同じ境涯(宇宙)に入ることなのです。

生まれる前は、恐ろしかったでしょうか?

 

火の元素は完全に消え去れり

太陽は消え失せ大地もまたしかり

なんぴともそれを見いだすには、いずこへ向かうべきかを知らず

人間らは勝手にこの世は過ぎ去れりと言う

人間らは遊星と蒼穹とに、かくも多くの新しきことどもを探しつつあり

 

ジョン・ダン John Donne

イングランドの詩人、著作家、後半生はイングランド国教会の司祭。[3]

 

人間は、極微粒子だった宇宙から生まれ、そしてまた宇宙へと還っていくのです。

せっかく奇跡の存在として、この世に生を受け、「生きている」わけですから、人生を大切にしたいですね。

ということで、とりとめのない四方山話にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

今のところ、「生きている」とはどういうことなのかは、自然科学の産みの親である「哲学」の力を借りなければならないようです?!

 

次回の投稿は、この四方山話を背景とした、「医療の考え方」をテーマとしたお話しです。

 


 

References & Footnote

1. Dreifus, C., “Eric Betzig’s Life Over the Microscope”, New York Times, 28 August 2015.

2. https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2014/betzig/lecture/

3. ジョン・ダン (John Donne)イングランドの詩人、著作家、後半生はイングランド国教会の司祭。

John Donne “Anatomy of the world: First Anniversary”, Londres, 1611.より

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