健康
Health care
いのちまで人まかせにしないために
Health care
いのちまで人まかせにしないために
2024.12.06
あなたが生まれたとき、あなたは泣き、全世界が喜んだ。死ぬ時に、あなたは喜び、全世界が泣くような生き方をしなさい。
ネイティブ・アメリカンの祈り
今あなたは、人生の大冒険という物語を綴っています。
あなたの物語には、どのようなタイトルがつけられていますか?
そして、どのようなストーリー展開なのでしょうか?
考えたことはありますか?
さて、あなたの物語がどのようなものであっても、あなたの物語を根底から支えているのが「健康」です。
もしあなたが、今の健康状態を改善したいとか、物語の今後のプロセスやエピローグに不安があると思っているとすれば、本稿はあなたに希望をもたらすかもしれません。
あなたの遺伝子に刻まれた物語は、書き換えることが可能だからです。
今回は、誰もが避けて通れない、「老化」という重大なテーマについてのお話しです。
内容が内容だけに、今回を含め11回のシリーズでおおくりします。
まず気になるのは、わたしたちの暦年齢ではなくて、「生物学的年齢」ですよね。
歳のわりに「若いですね」と言われる人もいれば、「老けているなぁ」と思われている人もいます。
まず生物学的年齢とは一体何でしょうか?ということです。
近年では、顕微鏡技術の革新によって人体を分子レベルで理解することが可能になり、「分子細胞生物学」という分野の科学研究が進展しています。
この最新科学の助けをかりてみていきましょう。
さて、暦年齢は誕生日によって決まりますが、生物学的年齢は何が基準になるのでしょうか?
暦年齢と生物学的年齢は一般的に関連性があり、時間とともに同じように増加することが多いのです。
しかし、生物学的年齢は体内の生物学的な働きに影響を与える要因によって、進む速度を加速させたり、逆に遅らせたりできることがわかっています。
前述の通り、最近の科学の進歩により、生物学的年齢を測定することが可能になりました。
染色体の末端には「テロメア」という構造があります。
これは靴紐の先端にあるプラスチックキャップのようなもので、染色体がほどけないように保護する役割を担っています。
このテロメアは年齢とともに短くなり、やがて靴紐、すなわちDNAの二重らせん構造が解けるのを防げなくなり、最終的に私たちは死を迎えます。
エリザベス・ブラックバーン(Elizabeth Helen Blackburn)博士は、テロメアを伸ばす働きを持つ「テロメラーゼ」という酵素を発見し、その業績によりノーベル生理学医学賞を受賞しました。
また、彼女は健康的な食事や生活習慣がテロメラーゼの活性を高め、テロメアの長さや寿命を延ばすことも発見しています。
世界の長寿地域「ブルーゾーン」に暮らす人々のテロメアが長いことはよく知られていますよね。
テロメアは、現在のあなたの体がどれほど老化しているかをリアルタイムで示してくれる指標です。
唾液や血液を使った簡単な検査を民間の検査機関で行うことで、テロメアの状態を知ることができます。
さらに最近では、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のヒト遺伝学者であり、生物統計学者でもあるスティーブ・ホーヴァス(Steve Horvath)博士が、生物学的年齢を測定するより精度の高い方法を開発しました。1
生物学的年齢を測定する手段を持つことは非常に重要です。
その理由は、生活習慣や薬剤が老化の進行にどれほど影響を与えるかを正確に評価できる手段がなければ、老化を逆転させる方法が有効か無効かを効果的に判断することができないからです。
スティーブ・ホーヴァス博士は、遺伝子の発現が人生を通じて環境と相互作用しながら変化する様子を反映したエピジェネティック・クロック、通称「ホーヴァスの老人時計」を測定することで、生物学的年齢を知る方法を発見しました。
この方法では、「DNAメチル化」という現象を測定します。
DNAメチル化とは、遺伝子上に存在する化学的なタグやしおりのようなもので、どの遺伝子が「オン」になって読まれるのか、またどの遺伝子が「オフ」になって沈黙するのかを決定するものです。
これを測定することで、生物学的年齢を正確に評価できるのです。
最近の研究では、機能性医学に基づく簡単な食生活と生活習慣をたった2カ月間続けるだけで、生物学的年齢が3歳も若返る(DNAメチル化によって測定)という結果が示されています。
このような発見は、老化のプロセスに対して私たちがどのように介入できるかを示す非常に興味深い例です。2
現在では、DNAメチル化の測定検査を誰でも受けられるようになっています。
この検査は、健康長寿プログラムの効果を長期的に評価する手段として非常に有効です。
自分の生物学的年齢を定期的に確認し、生活習慣や食事の改善がどのような影響を与えているかを測定するために、ぜひ活用することをお勧めします。
生物学的年齢について深く理解するには、次の3つの要素に関する基本的な知識が必要です。
◦ DNA
生命の設計図ともいえるDNAは、遺伝情報を担い、私たちの体のすべての細胞活動を支配しています。
◦ エピジェネティクス
遺伝子がどのように発現するかをコントロールする仕組みで、環境や生活習慣がこのプロセスに大きく影響します。
◦ メチル化
体内で1秒間に何十億回も行われる生化学的プロセスで、DNAメチル化は特定の遺伝子がオンまたはオフになることを決定します。
この過程は健康と長寿を左右する極めて重要な役割を果たします。
これらの要素を知ることで、健康と寿命に関する全体像をより明確に理解できるようになります。
それでは、健康と長寿の重要なプロセスを順を追ってみていきましょう。
DNA(ゲノムとも呼ばれます)は、私たちの身体の生物学的機能を制御する「指令書」として機能しています。
これは、両親から受け継いだ固有の遺伝情報であり、コンピューターのハードウェアに例えるとわかりやすいでしょう。
コンピューターは「1」と「0」の二進数で動作しますが、DNAのコーディングはそれを遥かに超える複雑さとパワーを持っています。
DNAは、A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)という塩基と呼ばれる4種類の化合物から構成されています。
平均的な人間の体には、この塩基が60億個も存在し、これらが特定の順序で並ぶことで、個々のユニークな遺伝情報が形成されています。
たとえば、「ACT」や「GTA」といった3つの塩基の組み合わせが遺伝子を構成しています。
人間には約2万個の遺伝子がありますが、その数自体は意外にもミミズとほぼ同じです。
しかし、人間をミミズより複雑な存在にしているのは、DNAの文字配列に存在するわずかなバリエーションです。
具体的には、塩基が「TからCに置き換わる」といった些細な変化が遺伝子の指令を変え、それによって生成されるタンパク質の性質や機能が変化します。
人間のDNAには、200万~500万もの配列のバリエーションが存在するため、これが生物としての複雑さを生み出しているのです。
DNAの主な役割は、タンパク質をコードすることです。
タンパク質は、細胞や組織、器官を構成する基本的な材料であるだけでなく、体内のほぼすべての生化学的プロセスを制御する化学伝達物質としても機能します。
各遺伝子は、ATCなどの3文字の連続したコードで構成され、これが「翻訳」されてアミノ酸が特定の順序で組み合わされ、特定のタンパク質が生成されるのです。
さらに興味深いのは、私たちの体内にあるすべての細胞に、全遺伝子コードが含まれているという事実です。
このコードは、体のあらゆる部分を形成し、生物学的な仕組みを動かすための指令書です。
たとえば、眼球の細胞には、骨や筋肉、肝臓になるための遺伝情報も含まれています。
それでは、なぜ眼球の細胞は「眼球」になることを知っているのでしょうか?
不思議ですよね?
その答えは、エピゲノムにあります。
エピゲノムは、健康的な老化と長寿の鍵を握る重要な要素です。
DNAがハードウェアのように私たちの生物学的基盤を形成するものであるのに対し、エピゲノムはソフトウェアとして機能し、DNAに「何をすべきか」を指令します。
これを理解することが、遺伝子と健康を深く知るうえで重要です。
エピゲノムを、コンピューターのキーボードやピアノの鍵盤に例えるとわかりやすいでしょう。
たとえば、コンピューターで「LOVE」という単語を表示させたい場合、キーボードで「L」「O」「V」「E」を正しく入力する必要があります。
同じように、ピアノの鍵盤を使えば、モーツァルトやショパンの名曲からレゲエ、ジャズ、ロックなど、さまざまな音楽を奏でることが可能です。
しかし、同じキーや鍵盤を使っても、入力や演奏の仕方によって結果は大きく異なります。
DNAも同じです。
例えば、目の細胞は、他のすべての器官を形成する遺伝子を「オフ」にし、目として機能するために必要な遺伝子だけを「オン」にします。
この選択を可能にしているのがエピゲノムなのです。
この事実が示すのは、遺伝子の発現を変えることが可能であるという希望です。
つまり、どの遺伝子をオンにするかオフにするかを私たち自身がある程度選べるということです。
この選択次第で、私たちの人生という「物語」が、病気や障害に満ちたものになるのか、活力と健康に満ちた長寿のものになるのかが決まります。
ヒトゲノムプロジェクトは、科学の歴史の中で最も重要な成果のひとつでした。
誰もが、このプロジェクトを通じて病気の原因が明らかになり、治療法が劇的に進化すると期待しました。
しかし、結果は期待通りにはいきませんでした。
心臓病、がん、糖尿病、認知症など、ほとんどの慢性疾患は、単一または数個の遺伝子によって引き起こされるものではないことが判明しました。
それらは、エピゲノムの変化が引き金となり発症する、いわば「コーディングの問題」だったのです。
病気や生物学的老化とは、私たちの「オペレーティングシステム」にバグが発生している状態だといえます。
エピゲノムの影響を受けるコーディングの問題は、遺伝子そのものを編集しなくても変えることが可能です。
CRISPR(クリスパー)などの遺伝子編集ツールを使用しなくても、DNAメチル化というプロセスを活用することで、エピゲノムの働きをコントロールできるのです。
さらに良いニュースは、このDNAメチル化は私たちが考えている以上に制御可能であることです。
エピゲノムの理解と活用によって、私たちは健康と長寿の可能性を大きく広げることができるのです。
DNAメチル化は、エピゲノムを制御するうえで極めて重要なプロセスです。
このプロセスは、炭素1個と水素3個からなる化学基であるメチル基 (CH₃) がDNAに付加されることで、遺伝子の働きを「オン」または「オフ」にする役割を果たします。
DNAにメチル基が付加されると、遺伝子は沈黙し「オフ」になります。
一方で、メチル基が取り除かれると、遺伝子は活性化して「オン」になります。
DNAメチル化は、私たちの習慣や環境によって大きく影響を受けます。
これには次のような要素が含まれます。
◦食事
◦運動
◦ストレス管理
◦人間関係
◦栄養状態
◦毒素への暴露
◦睡眠の質
◦感染症
これらの要因は、メチル化プロセスを通じて遺伝子のスイッチを操作し、生物学的年齢や健康状態に影響を与えます。
例えば、たった1回の食事や軽い運動でさえ、DNA上のメチル基の位置に影響を与え、エピジェネティックなマークを変える可能性があります。
DNAメチル化は、次のような多岐にわたる生物学的プロセスを調節します。
◦ DNAのタンパク質産生や修復
◦ 遺伝子変異の発現
◦ ホルモンバランスの維持
◦ 代謝プロセスの調整
◦ 神経伝達物質の生成
◦ 解毒作用の促進
◦ エネルギー産生の最適化
これらのプロセスには、特定の酵素が関与しており、それらは人によって大きく異なります。
この酵素の働きを支えるのが、メチル化因子として知られる補酵素群です。
憶えていますか?
これらの補酵素群が機能するためには、マグネシウムが必要なのです。
幸運なことに、メチル化因子の多くは食事から摂取することができます。
以下の栄養素が特に重要です。
◦ 葉酸
◦ ビタミンB6およびB12
◦ コリン
◦ トリメチルグリシン(ベタイン)
しかし、遺伝子の変異(例: MTHFR遺伝子変異)があるために、これらの栄養素を通常以上に必要とする人もいます。
この場合、特別な形態のサプリメントが推奨されることがあります。
DNAメチル化は、生涯を通じて変化するダイナミックなプロセスです。
ピアノの鍵盤に例えると、弾く鍵盤が変わることで奏でられる曲が変わるように、DNAメチル化によってエピゲノムがどのようにDNAを読み取るかが変わります。
驚くべきことに、赤ちゃんを抱くというシンプルな行動でさえ、DNAメチル化に影響を与える可能性があります。3
十分な愛情を受けない赤ちゃんは、発達が遅れ、IQが低くなることが知られていますが、これはみなエピゲノムの変化が影響した結果なのです。4
このように、日々の生活の選択や行動が、私たちの遺伝子発現を左右するのです。
DNAメチル化は、私たちの健康と長寿の鍵を握る重要なプロセスであり、そのコントロール方法を理解することで、遺伝子の「コード」を自分自身のために最適化することができます。
あなたのエピジェネティクスは、人生のどの瞬間にも変化し得ます。
それは、ポジティブな方向にも、ネガティブな方向にも作用します。
そのため、健康と長寿を促進するDNAメチル化を最適化し、病気を引き起こす遺伝子を抑える方法を理解することが非常に重要です。
たとえば、以下のような選択が可能です。
◦ 炎症を引き起こす遺伝子をオフにする。
◦ 腫瘍を抑制する遺伝子をオンにする。
これにより、遺伝子のスイッチを適切に操作し、健康を維持することができます。
あなたの「生命の本」を書き換え、以下のような物語をつくる方法を知りたくはありませんか?
◦ エネルギーに満ち溢れた毎日
◦ 活力に満ちた健康的な体
◦ 病気と無縁の長く活動的な人生
これらは、エピジェネティクスを理解し、実践することで現実のものとなります。
エピジェネティクスの力を活用し、あなた自身の健康をコントロールする新しい方法を見つけてください。
では、エピジェネティクスがコントロール可能だということを証明した実験をみてみましょう。
エピジェネティクスが生物に与える影響を証明する際に、エピジェネティクス研究者ランディ・ジャートル(Randy Jirtle )博士の画期的な実験ほど分かりやすい例はないでしょう。
ジャートル博士の研究チームは、アグーチマウスと呼ばれる特別なマウスを用いました。
このマウスは遺伝的に黄色の毛色を持ち、肥満や糖尿病になりやすいように設計されています。
この遺伝的に同じマウスを2つのグループに分け、それぞれに異なる条件で餌を与えました。
1つ目のグループ: メチル化因子を含む栄養素(ビタミンB6、葉酸、B12、コリン、ゲニスティン(大豆由来の植物化学物質)など)を与えました。
2つ目のグループ: 通常のマウス用餌を与えました。
その後、これらのマウスを繁殖させて生まれた子孫に注目したところ、驚くべき違いが観察されました。
メチル化サポートを受けた親から生まれた子マウスは、褐色の毛色で、肥満でも糖尿病でもない、健康的な体質を持っていました。5
一方、メチル化サポートを受けなかった親から生まれた子マウスは、元のアグーチマウスと同様に黄色の毛色で、肥満や糖尿病になりやすい体質を持っていました。
この研究は、エピジェネティクスが食事や環境要因によってどれほど大きな影響を受けるかを示す強力なエビデンス(証拠)です。
特に、メチル化因子を通じたエピジェネティックな修正が、健康状態を大きく改善する可能性があることを示しています。
この発見は、将来的に遺伝的な病気や健康リスクを環境要因で軽減できる可能性を示唆しています。
思い出していただきたいのは、この実験に使われたアグーチマウスは、遺伝的に同一であったという点です。
つまり、彼らのDNAには全く違いがありませんでした。
唯一異なっていたのは、与えられた栄養素の違いだけです。
具体的には、数種類のビタミン(B6、B12、葉酸など)と大豆由来の植物性栄養素(ゲニスティン)でした。
これらのメチル化因子が、DNAに付加されるメチル基に対する指令を変えたことで、どの遺伝子がオンになるか、またはオフになるかが決定されたのです。
この結果、見た目も健康状態も全く異なる子孫が生まれることとなりました。
この事実は、エピジェネティクスの力、すなわち環境や栄養が遺伝子発現をどのように制御し、健康や体質に大きな影響を及ぼすかを雄弁に物語っています。6
歳をとるから遊ばなくなるわけではない。
遊ばなくなるから歳をとるのだ。
ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw)アイルランド出身の文学者、脚本家、劇作家、評論家、政治家、教育家、ジャーナリト。
あなたの物語は、変えることができます。
さあ、家でじっとしていないで、遊びに行きましょう!
次回『老いを考える 2』では、「習慣を変えることで得られる未来の物語」と題しておおくりします。
References
1.Horvath S, Raj K. “DNA Methylation-Based Biomarkers and the Epigenetic Clock Theory of Ageing.” Nat Rev Genet. 2018 Jun;19(6):371-84.
2.Fitzgerald KN, Hodges R, Hanes D, et al. “Potential Reversal of Epigenetic Age Using a Diet and Lifestyle Intervention: A Pilot Randomized Clinical Trial.” Aging (Albany NY). 2021 Apr 12; 13(7):9419-32.
3.Moore S, et al. “Epigenetic Correlates of Neonatal Contact in Humans.” Dev Psychopathol. 2017;29(5):1517-38.
4.Fujisawa TX, Nishitani S, Takiguchi S, Shimada K, Smith AK, Tomoda A. “Oxytocin Receptor DNA Methylation and Alterations of Brain Volumes in Maltreated Children.” Neuropsychopharmacology. 2019 Nov;44(12):2045-53.
5.Bernal AJ, Jirtle RL. “Epigenomic Disruption: The Effects of Early Developmental Exposures.” Birth Defects Res A Clin Mol Teratol. 2010;88(10):938-44.
6.Waterland R, Jirtle RL. “Transposable Elements: Targets for Early Nutritional Effects on Epigenetic Gene Regulation.” Mol. Cell. Biol. 2003;23(15):5293-5300; Dolinoy DC, Wied- man J, Waterland R, Jirtle RL. “Maternal Genistein Alters Coat Color and Protects Avy Mouse Offspring from Obesity by Modifying the Fetal Epigenome.” Environ Health Perspect. 2006;114(4):567-72.