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医は仁術なり Vol.4 仁術を忘れた現代医学・医者は病人である弱者から養われている・ヒポクラテスの誓い

2023.09.29

健康医学の創始者で弊社三保製薬研究所創業にも深く関わった西勝造は、1945年(昭和20年)8月1日に明治大学の教授に就任しています。

西勝造は明治大学の教室を借りて、健康法の講座を開講し、22年以上続けて実施していました。

第1土曜日は一般の健康法、第2土曜は西哲学購座、第3土曜は医師再教育の講座として、すべて無料で午後1時から3時まで、また質問にも応じ、個人の相談にも応じています。

また第4土曜には本部員による、実習指導を同じ場所で行わせています。

Meiji University, Auditorium

本稿は、この講座の第3土曜日に行われる「医師再教育講座」の講義内容を一部抜粋し、全4回にわたってご紹介しています。

Vol.1をご覧いただく場合は、以下のURLをクリックしてください。

https://minus-chokaz.jp/social/4125/

また本稿は、『土と腸』第8版の第6章に収載してあります。

もしご希望がございましたら、資料請求(無償)ください。

 

Vol. 1

⚫︎医学は人を騙す技術

Vol.2

⚫︎昔の人は丈夫だった

⚫︎病気の数もふえた

⚫︎医学の簡単化が必要である

Vol.3

⚫︎現代医学は科学ではない

⚫︎医学は健康を研究すべきものである

Vol.4

⚫︎仁術を忘れた現代医学

⚫︎医者は病人である弱者から養われている

⚫︎ヒポクラテスの誓い

 

仁術を忘れた現代医学

このような医学を学んで、業成ったとする諸君は、いわば人間の不幸の上に、糊ロの資をえているのである。

古来、医は仁術なりといって、仁愛の精神をもって診療に従事していたのであった。

にもかかわらず、医術が職業化するにおよんで、この仁術なる精神は次第に影をひそめ、まったく営利化するに至った。

昔は、仁術なるがゆえに、これに課税することなく、 この習慣は近代にまでおよんでいたが、これが営利化するにおよんで課税は医師も一般も当然と考えるようになった。

昔は、税金がなかったから診療に対して、とくにその代償を請求することなく、薬礼の名をもってした。

謝礼であるから、一定の標準がなく、したがって課税の対象とはならなかったのであろう。

Male doctor with a wad of money

それが、営利化して、課税されるにおよび、診療費の標準が定められ、税金は当然これに包含されるから、患者の負担は著しく増大するに至った。

すなわち、近刊『サンデー毎日』によると、結核に罹って入院加療すると、1日1000円、 1ヶ月概算3万円を要するという。

このような多額の費用はとうてい一般に個人の耐えうるところではあるまい。

これは、必ずしも医師のみに罪があるのではない。

医学そのものがわるく、医が職業化し、仁術を離れ、営利化し、課税され、したがって診療費の向上となったという一連の悪循環にすぎない。

そして、医薬分業などの議論に日を暮すなど、およそ意味ないことだ。

医者は病人である弱者から養われている

病人というものは100人に6人くらい、といえば日本国内では480万人が患っていることになる。

医師が10万人ということで1人1ヶ月平均金4万円(薬代とか看護婦とかの経費は差引いて)の収入とすれば、1ヵ年48万円、総額金480億円、これを480万人に割り当てると、病人1人1ヵ年の負担金1万円になる。

不生産能力者の病人は元より金がある道理はない。

資産家とか近親の者の世話になるよりほかに方法はない。

この悩める弱者である病人に養われて業とすることは、名誉の内にはいるだろうか。

病者である弱者は親なり兄弟なり親戚の者のやっかいになっているというひがみを、心の奥底に持っている。

私などはこれらの人々をなぐさめ、むしろ、こちらからいつくしみ施してやりたい気持である。

それでも治れば結構である。

だんだんと日々に悪くなってゆくのに平気で、いかにも自分の力量の足らないのを人ごとにして、死んだ場合は「寿命」の一語で片付けてしまい、そのうえ、死亡診断料までも取らなければ生計が立っていかないという職業、それが名誉だと言えばそれまでだが、諸君はそれを天職と心得られようか。

 

ヒポクラテスの誓い

医の神アポロン、アスクレーピオス、ヒギエイア、パナケイア、及び全ての神々よ、私自身の能力と判断に従って、この契約を守ることを誓う。

  • この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
  • 師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
  • 著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
  • 自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
  • 依頼されても人を殺す薬を与えない。
  • 同様に婦人を流産させる道具を与えない。
  • 生涯を、純粋と神聖を貫き、医術を行う。
  • どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
  • 医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう!

しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。

ヒポクラテスの誓いは、医師の医療倫理・任務などについての、ギリシア神への宣誓文です。現代の医療倫理の根幹を成す患者の生命・健康保護の思想、患者のプライバシー保護のほか、専門家としての尊厳の保持、徒弟制度の維持や職能の閉鎖性維持なども謳われています。

1508年、ドイツのヴィッテンベルク大学医学部で初めて医学教育に採用され、1804年、フランスのモンペリエ大学の卒業式ではじめて宣誓されて以降、医者にとって重要なものとして長らく伝承されてきました。

1928年では北米の医学校の19%で卒業式の誓いとしていましたが、2004年には北米のほぼ全ての医学校の卒業式に誓われています。

しかし今日において、医学の倫理的真意は忘れられ、制御不能なマッチポンプ式の巨大ビジネスに成り果てたと言わざるを得ないでしょう。

残念ながら、医は仁術ならぬ、算術と化してしまったのです。

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