栄養

Nutrition

あなたは、あなたが食べてきたそのものです

3.7 潰瘍と栄養療法:牛乳、ビタミン、ミネラルの役割

2025.09.12

⑴ 牛乳の一時的効果と長期的な弊害

消化性潰瘍の治療において、従来から用いられてきた「牛乳療法」は、胃酸を一時的に中和するという意味では有効です。

牛乳に含まれるタンパク質やカルシウムは胃酸と結合し、過剰な酸を緩和してくれるため、潰瘍による痛みを一時的にやわらげる効果があります。[1]

しかしながら、牛乳の摂取が長期的に潰瘍の治癒を妨げるケースもあります。

一部の患者では、乳タンパクや乳糖がアレルゲンとして働き、消化管に慢性炎症や免疫反応を引き起こす可能性があるため、牛乳・乳製品の摂取を中止することで潰瘍が改善する場合もあるのです。[2]

また、牛乳はガストリンの分泌を促し、それが結果として胃酸の再分泌を引き起こすため、「反跳的胃酸分泌(rebound acid secretion)」を招くことがあると指摘されています。[3]

⑵ 食事療法と自然な治癒促進

潰瘍治療においては、全粒穀物や生の野菜など未加工の食材を中心にした、栄養価の高い食事が有効とされています。

少量の食事を1日3回に分けて摂り、必要に応じて消化に負担をかけない間食を加えることが望ましいスタイルです。

制酸薬は必ずしも必要ではありませんが、潰瘍による痛みが強く日常生活に支障をきたす場合には、鎮痛薬などの対症療法も併用すべきです。

⑶ ビタミン・ミネラルによる栄養療法

消化性潰瘍の予防・改善に寄与する栄養素として、次のようなビタミンとミネラルが挙げられます。

  • ビタミンB₃(ナイアシン):ヒスタミンの放出を介して胃酸分泌を調節する作用があり、逆説的に酸の過剰な刺激を軽減する働きがあると考えられています。[4]
  • ビタミンB₆(ピリドキシン):粘膜の修復とタンパク質代謝に関与。
  • ビタミンC(アスコルビン酸):抗酸化作用に加えて、粘膜保護やピロリ菌の抑制に効果が期待されます。[5]
  • ビタミンE:細胞膜の保護と抗酸化。
  • 亜鉛、マンガン:潰瘍部位の組織修復や抗炎症作用に寄与します。[6]

一部の患者が、ナイアシンやアスコルビン酸などの「酸性ビタミン」の摂取を恐れることがありますが、これらのビタミンは胃酸(塩酸)よりもはるかに弱い有機酸であり、通常の摂取量で潰瘍を悪化させることはありません。

むしろ、ナイアシンは酸と結びつき、酸刺激の緩和に貢献する可能性すらあります。

ナイアシンによる一過性のヒスタミン放出(いわゆる「ナイアシンフラッシュ」)によって胃酸分泌が増えることがありますが、多くの潰瘍患者にとって問題となるレベルではなく、慎重に用いれば安全に補助療法として使用可能です。


 

References

 

  1. Feldman M, Cryer B. Peptic ulcer disease. In: Feldman M, Friedman LS, Brandt LJ (Eds). Sleisenger and Fordtran’s Gastrointestinal and Liver Disease. 10th ed. Elsevier Saunders; 2016: 1034–1055.
    — 牛乳に含まれる成分の一時的な制酸効果に関する標準的な医学教科書の記述。
  2. Pizzorno JE, Murray MT. Textbook of Natural Medicine. 5th ed. Elsevier; 2020.
    — 牛乳アレルゲンの影響、慢性炎症との関係、食事療法による潰瘍改善について詳述。
  3. Feldman M, Burton ME. Histamine2-receptor antagonists: standard therapy for acid-peptic diseases. Mechanisms of action, pharmacokinetics, side effects, and drug interactions.Postgrad Med.1990 Jul;88(1):39–50.
    — 牛乳摂取後のガストリン分泌と反跳的胃酸分泌(rebound acid secretion)に関する解説。
  4. Hoffer A. Niacin: a neglected vitamin for the treatment of many diseases. J Orthomolecular Med.1994;9(3):149–160.
    — ナイアシンによるヒスタミン放出と胃酸分泌調節の可能性についての記述。
  5. Banerjee A, Datta U, Banerjee B, et al. Role of vitamin C in the healing of peptic ulcer in experimental models. Indian J Exp Biol.1997 Jun;35(6):588–592.
    — ビタミンCによる胃粘膜の保護およびピロリ菌抑制効果を示した実験研究。
  6. Prasad AS. Zinc in human health: effect of zinc on immune cells. Mol Med.2008 May-Jun;14(5-6):353–357.
    — 亜鉛の組織修復、免疫、抗炎症作用に関する研究。潰瘍部位での修復機能への応用が示唆されている。
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