栄養

Nutrition

あなたは、あなたが食べてきたそのものです

3.4 食品保存と加熱調理、発展途上国の腸管感染症リスク

2025.08.22

⑴ 食品の腐敗と人類の工夫

すべての生物は、生命が停止した直後から分解・腐敗が始まります。

これは細菌や真菌などの微生物によって引き起こされる自然現象であり、微生物による「浄化」とも言えますが、生命のある者にとっては、その過程が問題になります。

生命を維持する食品の保存において、最大の課題となるのが「腐敗=細菌汚染」だからです。

人類はこの問題に対処するため、古来よりさまざまな方法を工夫してきました。

たとえば、旧約聖書においてモーセが血の摂取を禁じた理由のひとつは、血液が腐敗しやすく、病原菌の温床となりやすいという経験的知識に基づいていた可能性があります。

血抜きを行うことで肉の保存性を高めたという宗教的・衛生的慣習は、今日の食品衛生学に通じる理にかなった対策です。[1]

もうひとつの重要な技術が加熱調理です。

食物を加熱することで、付着した細菌を死滅させ、腐敗の進行を遅らせることができます。

実際、加熱された肉は未加熱の生肉よりも腐敗の進行が遅く、安全に保存しやすくなります。

人類が加熱調理を発明した初期には、生肉に対する嫌悪感もあったと考えられており、現在の我々が生肉を避けるのと同じ心理が存在していた可能性があります。

⑵ ジャンクフードと保存技術の進歩

現代の食品加工技術は、食物を長期保存できるようにすることに主眼を置いて発展してきました。

缶詰、冷凍、脱水、真空パック、化学保存料の使用など、細菌の繁殖を抑えるための工業的手段が次々に開発されてきたのです。

しかしその代償として、本来「生きていた食物」は「食品のかたちをした人工物」へと変質し、栄養価や酵素、微生物との相互作用といった生体的側面が大きく損なわれています。

たしかにこれらの加工食品は、細菌汚染のリスクが低いという点では優れていますが、腸内細菌叢との健全な関係を築くうえでは理想的とはいえません。

⑶ 発展途上国における消化管感染の実態

一方で、発展途上国の多くの地域では、食品保存技術や衛生的な水の供給体制が整っていないために、深刻な腸管感染症が日常的に発生しています。

こうした地域では、食物や水に含まれる大量の病原菌が消化管に侵入し、慢性的な下痢や栄養失調の原因となっています。[2・3]

とくに小腸における細菌の過剰増殖(SIBO: Small Intestinal Bacterial Overgrowth)は、栄養素や水分の吸収を著しく妨げるだけでなく、腸壁の炎症や免疫低下も引き起こします。

栄養不良の状態では、腸管の免疫バリアも脆弱になり、さらに細菌への抵抗力が失われるという悪循環に陥ります。

また、発展途上国においても都市化が進むにつれ、ジャンクフードの浸透と伝統食の衰退が見られるようになっており、衛生的でない食物と加工食品が同時に存在するという、二重の健康リスクにさらされています。


 

References

 

  1. Leviticus, Holy Bible, Chapter 17:10–14(旧約聖書レビ記)
    — モーセの血液摂取禁止令とその宗教的・衛生的背景について記述されており、食肉の血抜きによる保存性向上が含意されている節。文化人類学・衛生史の観点から参照。
  2. Guerrant RL, Oriá RB, Moore SR, Oriá MO, Lima AA. Malnutrition as an enteric infectious disease with long-term effects on child developmentNutr Rev.2008;66(9):487–505.
    — 発展途上国における慢性的な腸管感染症、特に小児の栄養障害や腸管バリア機能障害との関連を詳細に検討した総説。
  3. Bhutta ZA, Das JK, Rizvi A, et al. Evidence-based interventions for improvement of maternal and child nutrition: what can be done and at what cost? Lancet.2013;382(9890):452–477.
    — 発展途上国における栄養失調と腸管感染症の因果関係、SIBOや免疫低下の悪循環を含む公衆衛生的対策の評価。
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