健康

Health care

いのちまで人まかせにしないために

老いを考える 2 ─ 習慣を変えることで得られる未来の物語

2024.12.13

前回の投稿では、エピジェネティクスの力、すなわち環境や栄養が遺伝子発現をどのように制御し、健康や体質に大きな影響を及ぼすかについてみてきました。

想像してみてください…。

自分の日々の習慣を改善し、すべての正しい遺伝子をオンにし、一方で有害な遺伝子の発現を抑えることができたら…。

その結果は、健康寿命の延長、さらには長寿へとつながります。

あなたには、人生の目標や夢があるはずです。

それを実現するためには、なんとしても手に入れなければならない「知識」と「習慣」があります。

今回、あなたを科学的な迷宮にお連れする理由は、このプロセスを通じて、生物学的老化とそれを逆転させる可能性について理解を深めていただくためです。

習慣を変えることで得られる未来の物語

基本的なコンセプトはシンプルです:

遺伝子そのものを変えることはできません(遺伝子編集技術を用いない限り)。

しかし、どの遺伝子が発現するか、発現しないかをコントロールすることは可能です。

◦健康や活力をもたらす遺伝子をオンにする。

◦ 病気や早死につながる遺伝子をオフにする。

さらに、近年の研究により、慢性疾患の90%以上が、ゲノムそのものではなく、エクスポゾーム(ヒトが生涯にわたり曝露される環境因子の総体)によって決定されることがわかっています。1

これはつまり、わたしたちが生活環境や習慣を改善することで、遺伝子の発現を最適化し、健康的な未来を自ら築くことが可能であるという希望を示しています。

言い換えれば、健康と長寿を享受する可能性の90%は、私たちが生まれつき持つ遺伝子コードそのものではなく、その遺伝子に影響を与える環境要因や習慣に依存しているのです。

これはつまり、どのような生活を送り、どのような選択をするかが、健康的な未来を築く上で非常に大きな役割を果たすことを意味します。

あなたが受け継いだ遺伝子だけでなく、日々の環境や行動が、遺伝子の発現をコントロールする力を持っているのです。

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遺伝子は過去の記録を持つ ── エクスポゾームとは何か?

 

それは、あなたのエピゲノムに刻み込まれた、人生で経験したすべての出来事の集合体を指します。

さらには、母親の胎内での出来事や、先祖の体験までも含まれるのです。

例えば、先祖が体験したトラウマは、エピゲノムに刻まれて次世代へと受け継がれる可能性があります。

研究によれば、強制収容所体験者の子孫には、両親や祖父母のトラウマが遺伝子に影響を与え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、不安症、うつ病といった形で現れることがあるとされています。

これらの現象は、複数の科学研究によって明確に証明されています。2

私たちの遺伝子は単なる生物学的設計図ではなく、過去の出来事や経験の記録も宿しているのです。

遺伝するのは感情的なトラウマだけではありません。

動物実験では、除草剤グリホサート(作物の70%に使用されている毒性のある化学物質)に祖父母が曝露した場合、その影響が直接的に孫に現れる可能性があることが報告されています。

これは、祖父母が経験した化学物質への曝露が、遺伝的に次世代に引き継がれることを示唆しています。

具体的には、孫がグリホサートに曝露したことがない場合でも、遺伝子に異常が生じ、病気が発症するリスクが増加する可能性があるとされています。3

この現象は、遺伝子の変異や環境因子がどのようにエピゲノムに影響を与え、その結果が次世代に伝わるかを理解するうえで重要な示唆を与えています。

エピゲノムは、私たちの生活のあらゆる要素から影響を受けます。

食べ物、運動、運動不足、ストレス、孤独、毒素、アレルゲン、微生物、マイクロバイオーム、さらには思考、感情、人間関係など、私たちの体験や感覚がすべてエピゲノムに刻まれます。

例えば、悲しみや喜び、目にした夕日、毎日の口論、腸内の微生物たち、さらには化学物質への曝露がすべてリアルタイムであなたの生体に反映され、その結果、健康状態をコントロールするスイッチ(エピゲノム)を調整しています。

そして、そのエピゲノムを調整しているのがエクスポゾームです。

View from the Schafberg mountain in Austria, August 2020

エクスポゾームは、私たちが生きていく中で経験したすべての外的要因(環境因子やライフスタイルなど)を指します。

これにより、私たちの健康状態や生物学的年齢が決まるのです。

幸いなことに、私たちにはこれらのインプットを変える大きな能力が備わっています。

本物の自然食品を食べ、体を動かし、有害な環境への曝露を減らし、トラウマを癒し、マインドセット(考え方)を変え、愛やコミュニティを育むことができます。

これらはすべて、健康を維持するための基本的な介入策(バイオハッキング)です。

さらに、最近の急激な進歩により、サプリメントや薬物療法、ホルミシス(ファスティングやアイスバスなど)といった新しい治療法が登場しています。

これらはエピゲノムを改善するための新しい「ハック」であり、エピジェネティックな生物時計を測定できる時代となった現在、いくつかの小規模だが重要な研究により、簡単な介入で生物学的年齢を逆転させることが可能であることが示されています。

 

長寿効果が期待される化合物

 

スティーブ・ホーヴァス博士と共同研究者たちは、長寿に寄与する可能性があるとされる3種類の化合物を成人グループに投与する研究を行いました。

その化合物とは、ヒト成長ホルモン、DHEA(加齢とともに減少する副腎ホルモン)、およびメトホルミン(長寿効果が期待される糖尿病治療薬)です。

多くの人は、できるだけ自然由来の化合物を使用することを好みます。

DHEAはマグネシウムオイル(天然物)の経皮吸収で発現する事が知られていますが、メトホルミンなどの薬物が異常な老化の治療に効果を発揮する可能性もあると考えられています。

この研究で得られた結果は、研究者たちにとって驚きのものでした。

彼らは、生物時計をわずかに遅らせることができるだろうと予想していたのですが、1年間の治療によって、参加者たちの生物学的年齢は約2歳半若返ったのです。

この効果は、治療を停止した後も6か月間にわたり続いたことが確認されました。4

特に注目すべきは、この研究が示唆するように、加齢に対する新しいアプローチが現実のものとなり、わずかな期間でも生物学的年齢の逆転が可能であることを示している点です。

典型的にビタミンDが欠乏している被験者グループに、4000IUのビタミンD3を投与した別の研究では、わずか16週間後に生物学的年齢が1.85年も若返ったことが示されました。5

この結果は、ビタミンDの補充が、老化に関連する生物学的変化にポジティブな影響を与える可能性を示唆しています。

ビタミンDは免疫機能や骨の健康に重要であることが広く知られていますが、この研究の結果から、ビタミンDの適切な補給が加齢に伴う変化を遅らせ、逆転させる可能性があることが示されています。

さらに、ポーランドの女性を対象とした研究では、地中海式食事法が1年間で生物学的年齢を1.47歳 引き下げたことが示されています。6

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8週間で3.23年の若返り ── 機能性医学による驚異的な成果

 

カーラ・フィツツジェラルド(Carla Fitzgerald)博士とその共同研究者たちは、43人の健康な成人男性(50〜72歳)を対象に、機能性医学に基づく包括的な生活習慣介入を行った研究で、驚くべき結果を得ました。

この研究では、8週間の治療プログラムを実施しました。治療内容は、以下の要素を含んでいました:

•ファイトケミカルが豊富で抗炎症作用のある自然食品(地中海式食事法をアップグレードしたもの)
•運動
•睡眠の最適化
•ストレス軽減(呼吸法)
•プロバイオティクス
•メチル化を改善することが知られているファイトケミカルを含む植物性栄養素パウダー

これらの介入により、治療グループの男性たちは、対照グループと比較して、わずか8週間で生物学的年齢を3.23年も逆転させたのです。7

この結果は、生活習慣の改善がどれほど急速に生物学的年齢に影響を与えるかを示しており、エピジェネティックな変化を促すことの重要性を強調しています。

この研究は確かに小規模ではありますが、その結果は統計学的に有意であり、非常に興奮させるものです。

このような変化を他の既知の介入と組み合わせて、何年にもわたって実施した場合、どこまで若返りが可能になるのかを想像してみてください。

DNAメチル化生物時計を使った研究はまだ始まったばかりですが、これにより、長寿や健康に対するさまざまな介入の効果を測定できる精度の高いツールが手に入ることが示されました。

生物学的に若ければ若いほど、健康状態は向上し、若々しく感じることができれば、より長く生きることができるということがわかります。

これからの研究で、これらの介入がどれほど健康と長寿に寄与するかを明らかにしていくことは、非常に興味深く、期待の持てる分野です。

あの穏やかな夜に、おとなしく流されていくな

老境は、黄昏を迎えて燃え盛り、荒れ狂わなければ

怒れ、怒れ、消えゆく光に向かって

Do not go gentle into that good night…

Rage, rage against the dying of the light.

 

ディラン・トマス(Dylan Marlais Thomas)

ウェールズの詩人および作家。

 

次回「老いを考える 3」は、『あなたの晩年は、どのようなものか?』と題しておおくりします。


 

References

 

1.Rappaport SM. “Implications of the Exposome for Exposure Science.” J Expo Sci Environ Epidemiol. 2011 Jan-Feb;21(l):5-9.

2.Youssef NA, Lockwood L, Su S, Hao G, Rutten BPF. “The Effects of Trauma, with or without PTSD, on the Transgenerational DNA Methylation Alterations in Human Offsprings.” Brain Sci. 2018;8(5):83.

3.Van Cauwenbergh O, Di Serafino A, Tytgat J, Soubry A. “Transgenerational Epigenetic Effects from Male Exposure to Endocrine-Disrupting Compounds: A Systematic Review on Research in Mammals.” Clin Epigenetics. 2020 May 12;12(1):65.

4.Fahy GM, Brooke RT, Watson JP, et al. “Reversal of Epigenetic Aging and Immunosenescent Trends in Humans.” Aging Cell. 2019 Dec;18(6).

5.Chen L, Dong Y, Bhagatwala J, Raed A, Huang Y, Zhu H. “Effects of Vitamin D3 Supplementation on Epigenetic Aging in Overweight and Obese African Americans with Subopti- mal Vitamin D Status: A Randomized Clinical Trial.” J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2019 Jan ;74(1):91-98.

6.Berendsen AAM, van de Rest O, Feskens EJM, et al. “Changes in Dietary Intake and Adherence to the NU-AGE Diet Following a One-Year Dietary Intervention among European Older Adults—Results of the NU-AGE Randomized Trial.” Nutrients. 2018 Dec 4;10(12):1905.

7.Fitzgerald KN, Hodges R, Hanes D, et al. “Potential Reversal of Epigenetic Age Using a Diet and Lifestyle Intervention: A Pilot Randomized Clinical Trial.” Aging (Albany NY). 2021 Apr 12;13(7):9419—32.

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