健康
Health care
いのちまで人まかせにしないために
Health care
いのちまで人まかせにしないために
2024.12.27
食生活が正しくなければ、薬は役に立たない。食生活が正しければ、薬は必要ない。
When diet is wrong, medicine is of no use. When diet is correct, medicine is of no need.
アーユルヴェーダの箴言(Ayurvedic proverb)
目次
長寿に関する研究は、老化に共通する経路やメカニズムに注目していますが、その原因を解明することを最優先にはしていません。
研究の目的は、老化を予防したり修復したりするためのツールや治療法、技術を見つけ、老化の特徴を逆転させることにあります。
しかし、老化の特徴はそれぞれが独立しているわけではなく、複雑に絡み合ったネットワークの中でお互いに影響を与え合っています。
つまり、ひとつの特徴が他の特徴に影響を与え、また他の特徴からも影響を受けるということです。
老化の特徴は、さまざまな不均衡によって影響を受けます。
特定の要素が過剰であったり、逆に不足していたりすると、老化の進行や特徴の現れ方に悪影響を与えることがあります。
そのため、老化の謎を解明するためには、これらの相互作用や複雑に絡み合ったつながりを理解することが非常に重要なのです。
では、老化の特徴を引き起こす原因は何なのか?
また老化を遅らせたり逆行させたりするためにはどうすればよいのかについて考えるためには、まず「老化の典型的特徴」を知ることが大切です。
これにより、体内システムのバランスが崩れたときに何が起こるのかを理解することができます。
人間の生物学的システムには、生命を維持するための複雑で美しい仕組みが備わっています。
この仕組みは、相互依存的かつ協調的に働き、自然との調和を保ちながら、自分自身や周囲とのバランスを取ることが求められます。
もしこのバランスが崩れると、物事がうまくいかなくなり、病気や老化が進行してしまいます。
しかし、病気や老化は必ずしも悪いことではなく、実際には体が最適な状態を保とうとする試みの結果とも言えます。
健康と長寿は本来自然な状態であり、それを実現するためには身体の仕組みがどのように働くのかを理解することが大切です。
私たちは進化の過程で「栄養感知経路」を発展させてきました。
これらの経路を理解することは、病気を予防し、健やかに長生きするための食生活を把握するために非常に重要です。
しかし、これらの経路に異常が生じると、老化が加速してしまいます。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の科学者であるレニー・グアレンテ(Reny Galante)博士は、動物モデルを使ってカロリー制限をせずに寿命を延ばす方法を発見した研究者であり、彼は赤ワインに含まれるファイトケミカル「レスベラトロール」を使用して、サーチュイン経路を活性化させることで寿命を延ばすことができると実証しました。
サーチュインは、重要な生物学的修復プロセスを制御するタンパク質であり、この経路が活性化されることで老化を遅らせることができるのです。
ただし、赤ワインを大量に飲むことが解決策ではありません。
グアレンテ博士がマウスに与えたレスベラトロールの量は、実際には1500本分の赤ワインに相当するものでした。
それでも、この研究結果は非常に興味深いものです。
そしてグアレンテ博士は、老化の原因として「糖」を指摘しています。
私たちの身体は、環境からの情報を感知し、アミノ酸、糖、脂肪酸などの栄養素のレベルを調整する精巧なメカニズムを備えています。
これにより、細胞がリサイクルされ、浄化されるプロセス(オートファジー)や、新しいタンパク質を合成する反応が絶え間なく行われ、体内のバランスを保っています。
どの栄養素を分解し、または蓄積するかを体がどのように判断しているのかは、非常に興味深い問いです。
私たちの体には、病気や異常な老化から守るために設計された4つの主要な栄養感知システムがあります。
これらのシステムはそれぞれ異なる役割を果たしつつも、互いに重なり合う部分もあります。
具体的には、下記の4つのシステムです。
⑴ インスリンとそのシグナル伝達経路
⑵ mTOR(哺乳類/機械的ラパマイシン標的タンパク質)
⑶ AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)
⑷ サーチュイン(長寿遺伝子)
これらのシステムは、病気を予防し、健康を促進し、寿命を延ばすための食事法や生活習慣が効果を発揮する仕組みでもあります。
老化がどのように進行するかを理解することで、どのように対処すべきかが見えてきます。
これらのシステムをうまく活用することが、健康的で長寿を実現するための戦略やツールを身につけることにつながります。
現代の食生活やライフスタイルは、これらの栄養感知システムに悪影響を及ぼしています。
これらのシステムは、現代とは全く異なる環境で進化してきました。
過去の時代では、食糧が不足しがちであり、供給される食べ物は栄養密度が非常に高かったと考えられます。
また、自然な動きや運動が日常的に行われ、昼夜のサイクルや自然のリズムに調和した生活が送られていました。
その当時には、現代のような有害物質やストレスはほとんど存在していませんでした。
例えば、私たちの祖先は約800種類の野草を食生活に取り入れ、共生していました。
しかし現代の食生活では、トウモロコシ、小麦、大豆、米など、わずか4種類の作物が中心となっており、祖先が摂取していた野草はほとんど含まれていません。
さらに、祖先の食生活にはファイトケミカルが豊富に含まれており、現代の食事よりも10倍もの食物繊維や、ビタミン、ミネラル、オメガ3脂肪酸などが豊富に含まれていたと考えられています。1
私たちの細胞や生化学的経路は、進化の過程で共進化してきた栄養源に依存しています。
これらの栄養素が豊富に含まれた食生活を送らなければ、老化や急速な衰退が進み、最終的には健康を失うことになります。
では、これらの栄養感知システムについてどのように考えるべきでしょうか?
そして、どのように適切なタイミングと方法で栄養感知システムに働きかけ、健康を促進することができるのでしょうか?
少し専門的な内容になりますが…。
栄養感知システムは、私たちの体が栄養素の変化にどのように反応し、適応するかを司る重要な役割を果たします。
これらのシステムをうまく活用することが、健康の維持や老化の進行を遅らせる鍵となります。
栄養感知システムに対して適切なアプローチを取ることで、生活習慣病や老化に関連する症状を予防し、健康寿命を延ばすことが可能となります。
20万年前、ホモ・サピエンスが地球を歩き始めた頃、糖分はとても珍しく、精製された穀物も存在しませんでした。
当時、人々は夏の終わりに野生のベリーや蜂の巣を見つけたときに少量の糖分を摂取していたと考えられますが、年間で摂取する糖分は現代の小さじ22杯程度(砂糖換算)に過ぎませんでした。
今日では、アメリカ人は平均して1日小さじ22杯(約355mlの炭酸飲料2本分)以上の砂糖を摂取しており、子供たちはさらに多く、小さじ34杯(炭酸飲料3本半)以上を摂取しています。
砂糖の消費量は、1800年の年間4.5キログラムから、現在では年間69キログラムにまで増加しています。
ここ日本の状況はどうでしょうか?
農林水産省が四半期ごとに公表している「砂糖及び異性化糖の需給見通し」によると、2022年の日本人1人当たりの砂糖の年間消費量は15.3kg(41.9g/日)ですが、これは砂糖生産量を人口で割った数字であり、工業用砂糖や食品ロス分も含みます。
幸いなことに、1970年頃の約30kgをピークに減少し、ここ数年でも少しずつ減少しています。
しかし安心してはいられません。
あることをきっかけに、現代の食生活は大きく変化してしまったのです。
18世紀後半に製粉機が発明されると、精製デンプンが食生活に大量に取り入れられるようになり、20世紀後半には工業化された農業が飢餓を防ぐためにデンプンを豊富に供給するようになりました。
このような変化により、糖質やデンプンの摂取量が劇的に増加し、体はその影響をうまく処理できなくなりました。
現代のアメリカ人は年間60キログラムもの小麦粉を消費しており、体は炭酸飲料とベーグルの違いを認識できません。
過剰な糖分やデンプンの摂取が続くと、体にどのような影響があるのでしょうか?
すでにDNAの損傷について触れましたが、私たちの体は食物が不足したり飢餓状態になったときに対応するための遺伝子を多く持っていますが、過剰な糖分やデンプンに対応する遺伝子はほとんどありません。
私たちの体は、食物が不足したときのストレスに対応するだけでなく、食物が豊富にあるときには新しい細胞や組織を作るように設計されています。
つまり、適切に不足と過剰を調整することが、健康と長寿の鍵となるのです。
長寿に関わるスイッチは、食事から摂取する栄養素(特に炭水化物、糖分、タンパク質に含まれるアミノ酸)の摂取タイミングや質、量によって調整されることが分かっています。
長寿研究の多くは、これらのスイッチを適切に調整する方法を探ることに焦点を当てているのです。
食べ物は、これらの長寿経路を調整する「マスターコントローラー」、つまり指揮者のような役割を果たしています。
タンパク質、炭水化物、脂肪だけでなく、2万5000種類以上のファイトケミカル(植物性化学物質)も長寿スイッチに良い影響を与えることが知られています。
現代科学では、これらのファイトケミカルは必須栄養素としては認識されていませんが、実際には健康と長寿には欠かせない栄養素と考えられています。
これらが不足すると、ビタミンCの欠乏による壊血病のように目に見える症状が現れることは少ないですが、心臓病、がん、糖尿病、認知症、老化などの潜在的な病気を引き起こす原因となります。
もし、寿命を延ばし、慢性疾患を予防するためにひとつだけ介入策を選ぶとしたら、それは食事から糖分と精製デンプンを大幅に減らすことです。
過剰な糖分やデンプンを摂取すると、膵臓は血糖値をコントロールするために過剰にインスリンを分泌し続けます。
この過剰なインスリンが細胞内に脂肪を蓄積させ、代謝を低下させるとともに、空腹感や炭水化物への渇望を増加させます。
その結果、血糖値のコントロールが悪化し、インスリン抵抗性が進行します。
最終的には、老化という病気を引き起こす原因となるのです。
Jorge Plutzky, MD, Harvard University Medical School
ハーバード大学の予防循環器病学部長のジョージ・プルツキー(Jorge Plutzky)博士は、以下のように述べています。
もし動脈が完全にきれいな百寿者のグループを見つけたなら、その共通点はインスリン感受性が高いことだろう。
高糖質・高デンプンの食事は、インスリンシグナル伝達経路だけでなく、mTOR経路、AMPK経路、サーチュイン経路など、長寿に関連するすべてのスイッチに悪影響を与えることが分かっています。
健康的な老化を促進するためには、血糖値のバランスを整え、インスリンレベルを低く保ち、細胞のインスリン感受性を高く維持することが最も重要です。
そのためには、低糖質・低デンプンの食事を心がけ、良質な脂肪とタンパク質を十分に摂取することが大切です。
また、ファイトケミカルや食物繊維が豊富な果物や野菜を積極的に取り入れることも健康維持には欠かせません。
最も強力な薬は、薬瓶の底にではなく、フォークの先にある。食べ物は薬箱の中にあるどんなものより強力だ。
The most powerful medicine is at the end of your fork, not at the bottom of your pill bottle.
Food is more powerful than anything you will find in your medicine cabinet.
Dr. マーク・ハイマン(Mark Hyman, MD)
医師。米国クリーブランド・クリニック機能性医学センター創設者兼上級顧問、ウルトラウェルネス・センター創設者兼メディカル・ディレクター、機能性医学研究所・臨床担当理事長。
次回の『老いを考える 5』は、「mTORの活性化と抑制」と題しておおくりします。
Reference
1. Konner M, Eaton SB. “Paleolithic Nutrition: Twenty-Five Years Later.” Nutr Clin Pract. 2010 Dec;25(6):594-602; Carrera-Bastos P, Fontes-Villalba M, O’Keefe JH, Lindeberg S, Cordain L. “The Western Diet and Lifestyle and Diseases of Civilization.” Res. Rep. Clin. Cardiol. 2011;2:15-35.