健康
Health care
いのちまで人まかせにしないために
Health care
いのちまで人まかせにしないために
2024.12.20
たとえどんなに歳を取っても、新たな目標を設定したり、新たな夢を見たりすることはできる。
レス・ブラウン(Les Brown)米国の著名なモティベーションスピーカー、元オハイオ州下院議員
100歳。
1世紀の節目であり、切りのいい数字です。
また、人生を100年と考えるとわかりやすいですよね。
世界では「超長寿化」によって、人口構成は大きく変化しています。
世界のほぼ全域(アフリカを除く)で、高齢者人口が若年人口を上回るようになります。
アメリカでは1日に1万人以上が65歳を迎えています。
そして世界一の長寿国日本は、高齢者人口の割合でも他国を圧倒しており、人口の3分の1は65歳以上です。
この状況をネガティブに捉える論調が目につきますが、スタンフォード大学経営大学院のスーザン・ウィルナー・ゴールデン(Susan Wilner Golden)は、自著『STAGE (Not AGE) How to Understand and Serve People Over 60 – the Fastest Growing, Most Dynamic Market in the World』において、この人口動態の変化を「大きなビジネスチャンス、新たな市場機会」だとして、長寿化は新たなカスタマーを生み、新たな働き手を創り出し、新しい起業家を世に送り出す、と述べています。
さて唐突な問いかけですが、あなたはご自身の晩年の姿を想像したことがあるでしょうか?
老化の定義は立場によりさまざまですが、一般的には「成熟期以降に起こる生理機能の衰退」を意味し、遺伝的な要因や外界からのストレスに対し、適応力が低下することで起きる変化と考えられています。
なお、医学的には加齢と老化は別物で、前者は生まれてからの時間を言い、老化は加齢に伴う生理機能の衰退や適応力の低下を指します。
ところで、ほとんどの人は、見た目が実年齢よりも若々しくて、元気な老人に憧れるのではないでしょうか。
そのような人たちには、老化に関していくつかの特徴があるように思います。
そのひとつが「全身が均質に老化している」ことです。
では、どのようにすればいいのでしょう?
1980年に世界5大医学雑誌の1つである『New England Journal of Medicine』(マサチューセッツ内科外科学会雑誌)に、ジェイムズ・フライズ(James Fries)博士が発表した画期的な研究論文『老化、自然死、病的状態の圧縮』1では、次のように明言されています。
理想的な体重を維持し、喫煙せず、定期的に運動すれば、健康で活発な状態で長生きすることができる。
この研究では、そのような人たちは、ついに最期を迎えたとき、早く、苦しまず、安く逝くことができていた反面、過体重で、喫煙し、運動不足の人たちは、長く、苦しく、高くつく死に方をしていたと報告されています。
健康だったグループの人たちは、無病息災の年数、つまり健康寿命と寿命を劇的に延ばした一方で、不健康なグループの人たちは、さまざまな病気や機能不全を抱えた状態で何十年も過ごすことが多く、その結果、生活の質(QOL)が劇的に低下し、本人や家族のみならず、医療制度にも負担をかけていました。
世界保健機関(WHO)は、平均的な人は人生の最後の20%を不健康な状態で過ごすと推定しています。
これは平均すると、およそ16年です。
もしあなたが80歳まで生きるとしたら、64歳から死への行進を始めることになるのです。
しかしこのデータは、逆にライフスタイルを上手に選択すれば、健康で長生きすることが可能で、最期のときが来たら、すぐに逝ける─ピンピン、コロリ─ということを証明しつづけています。
言い換えれば、健康寿命と寿命が同じになるということで、理想的な人生の終幕です。
一概に老化と言っても、異なる2つの衰え方があります。
老化には加齢とともに必然的に進行する身体機能の低下を意味する「生物学的老化(生理的老化)」と、病的因子によって老化が加速される「病的老化」があります。
前者はシワやシミ、たるみ、白髪などで、物忘れをしたり、就寝時のトイレ回数が増えることなどです。
後者は骨粗しょう症や認知症、糖尿病の合併症などに伴うものです。
さて、あなたの将来はどのようなものでしょうか?
10年以上もの長い間、辛く苦しい思いをする晩年を望む人などいるはずもありませんが、もし100歳まで生きて、愛する人とドライブやハイキングを楽しみ、山あいの清流で泳ぎ、美味しい料理をつくって食べ、愛し合い、そして至福に包まれて穏やかにこの世を去ることができるとしたらどうでしょう?
筆者はそんな最期を迎えたいし、読者の皆さんもそうなって欲しいと願っています。
単に長生きし、慢性病を克服し、健康体重を維持するだけでなく、さらに重要なのは、人生、仕事(使命)、愛、遊びにエネルギーが満ち溢れ、この世に生を受けた意義を存分に発揮することです。
ぜひ、「人生の終幕までにやりたいことリスト(A LIST OF THINGS TO DO before the end of my life)」をつくって実行してください。
では、わたしたちに必要な知識とは何なのでしょうか?
寿命と健康寿命を同じにするには、知識と習慣が必須なのですが、その前に、進化しつづける分子細胞生物学の観点から加齢と病気を理解する必要があります。
この科学は今、健康と病気に関して、これまでわたしたちが抱いていた、あらゆる概念を激変させています。
加齢は、ガンや心臓病、糖尿病、脳卒中、認知症、高血圧、自己免疫疾患を含め、あらゆる慢性疾患のリスクを加速させます。
しかし、わたしたちが「正常な」老化とみなしているものは、実は「異常な」老化なのです。
今日のほとんどの医学は、老化を病気とみなしていません。
ところが、老化は病気であり、しかも治療可能だと考えたらどうなるでしょうか?
日本やアメリカの医学会はこの考えを受け入れていませんが、世界保健機関(WHO)は老化を病気として公式に認めています。2
しかし残念なことに、このような考えは、原因やメカニズムといった「アップストリーム(上流)」にではなく、症状や診断といった「ダウンストリーム(下流)」に焦点を当てる従来の医学のパラダイムに阻まれています。
では早速、寿命と平均寿命の現状についてみていきましょう。
まずは、百寿者はどうなのでしょうか?
百寿者は100歳以上の人のことで、英語ではCentenarian(センテナリアン)といいます。
ちなみに、110歳以上の人をスーパーセンテナリアンと呼んでいます。
今日、百寿者は健康長寿の研究対象として注目されるようになっていますが、100歳を越えて元気で長生きできる時代が現実になりつつあります。
日本の百寿者は、2019年に7万人を超え、2023年時点の100歳以上の日本人は9万2139人(88.6%が女性)となっています。
戦争の影響があったとはいえ、1970年の310人から297倍に急増しています。
一方、2023年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性は87.14歳です。
江戸時代末期(1810~21年)の陸奥国(いまの岩手県一関市)狐禅寺村の古文書から割り出された当時の平均寿命は男性40.7歳、女性は36.8歳です。
つまり約200年間で男性は40.39歳、女性は50.34歳延びたことになります。
では、最大寿命はどうなのでしょうか?
正確な記録の残っている人類史上最も長生きしたとされているのは、1997年に老衰のため122歳164日で亡くなったとされるフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne-Louise Calment)さんです。
彼女は喫煙者でポートワインを愛飲し、チョコレート中毒だったことが知られています。
Jeanne-Louise Calment
また、1日に卵3個と生肉150グラムを食べていたイタリア人女性、エンマ・モラーノ(Emma Morano)さんは117歳まで生きました。
日本人では2022年に119歳107日で亡くなった田中カ子(たなか・かね)さんだといわれています。
ちなみに200年前の狐禅寺村の最大寿命は96歳の女性とみられています。
こちらは200年間に23年延びたことになります。
平均寿命とは、0歳における平均余命を示しますが、日本の平均寿命が延びたのは、乳幼児期の死亡率が大幅に下がったからです。
実際、かつては「7歳までは神のうち」と言われるほど、低年齢層では食中毒などの感染症で亡くなる子供も多くいました。
とくに生後1年未満の死亡率は非常に高く、それが一昔前の平均寿命を大きく引き下げる原因でしたが、2022年では1000人あたり1.8人と低く抑えられています。
ほかにも生活環境の改善、公衆衛生の改善、栄養改善、幼児・小児医療の進歩、冷蔵庫など家庭電化製品の普及などが寄与していると考えられています。
とはいえ、人類の平均寿命は大幅に延びているものの、最大寿命はそれほど延びていません。
事実、100歳以上のセンテナリアンは増えているものの、110歳以上のスーパーセンテナリアンの人は極端に少なくなり、115歳の人はほとんどいないことがわかっています。
前述の通り、現在では、急速な科学の進歩によって、寿命に影響し得るさまざまな要因がより明確になると同時に、そのメカニズムが遺伝子レベルでも解明されつつあります。
つまり現代は、人類の寿命に対する考え方の大きな転換期にあるとも言えます。
今後、加速する長寿研究によって、最大寿命が150歳から180歳、平均寿命120歳という時代へと変遷していく可能性もあるかもしれません。
少なくとも世界中の長寿研究者の多くは、期待も込めてそう考えています。
ハーバード大学の遺伝学教授で、老化研究の第一人者であるデビッド・シンクレア(David Sinclair)博士は『Nature Aging』誌で「老化に取り組むことの経済価値」と題する分析研究を発表しています。3
シンクレア博士らは、厳密なデータ分析を通じ、平均的なアメリカ人の健康寿命を向上させて─人生の20%にあたる晩年において病気を抱える年数を短くするか、無くす─寿命を延ばせば、年間38兆ドルが節約できると推定しています。
国民全体の寿命を10年延ばせば、367兆ドル(55,618,850,000,000,010円)もの巨額な費用が節約できることになります。
先ほどの年間38兆ドルの節約とは、アメリカの年間医療費支出額(約4兆1000億ドル)の10倍近くに匹敵します。
ちなみにこのアメリカの医療費支出額の90%は、心臓病、ガン、糖尿病、認知症、腎臓病、高血圧など、生活習慣で予防可能な慢性疾患に費やされています。4
David Sinclair, Ph.D.
そもそも、人はなぜ老いて死ぬのでしょうか?
大昔から不老不死は人類の夢であり、さまざまな研究が行われてきましたが、その原点となる疑問です。
長い間、生物の個は種の繁栄・存続のために行動すると考えられていました。
人間も、増えすぎて人間そのものが滅亡しないために、老化による死はあらかじめプログラミングされたものだと信じられてきたのです。
その一例とされてきたのがタビネズミの集団自決です。
これは増えすぎた種の絶滅を防ぐための行動だとされてきました。
ですから、生殖により自分の遺伝子を次世代に受け継がせれば、その役割を終えて亡くなる、というのが当然という考え方です。
タビネズミ(Lemming)
実際、ほとんどの種は生殖活動を終えると死んでしまいます。
生殖後も長生きする人類は非常に珍しい種であり、孫世代を保護・養育することで種の継続のために働いているとされています。
しかし、その後、ダーウィンの進化論を下敷きにした新たな考え方が登場しました。
人間を含めた生物は遺伝子を次世代に残すための乗り物に過ぎず、遺伝子は生き残るためにはどんな手段でも取る利己的な存在である。
種の継続のために個を犠牲にすることなどない…という考え方です。
むろん、ここでいう「利己的な遺伝子」とは実在するものでなく、遺伝子の特性を比喩した表現です。
結局、利己的な遺伝子は、子孫をたくさん残すことで自分の遺伝子をより多く拡散する一方で、乗り物である生物の長寿も望んでいます。
ではなぜ、遺伝子の志半ばで死んでしまうのでしょうか?
それは生殖と長寿を維持できるだけのエネルギーの不足によるからではないか、との考え方もあるのです。
わたしたちの身体のあらゆるシステム、すなわちマイクロバイオーム、免疫系、ホルモン、代謝とエネルギー産生、解毒システム、循環・輸送系、構造系は、みな生物学的老化の影響を受けます。
すると起こるのは次のような症状です。
⑴ 神経伝達物質産生の包括的な低下
⑵ ストレス対応能力の低下
⑶ 認知処理能力の鈍化
⑷ 記憶力の低下
⑸ 痛覚閾値(つうかくいきち)の低下と慢性疼痛
⑹ 視力・聴力・平衡感覚の低下といった神経心理学的な変化の進行
⑺ 柔軟性の低下
⑻ 筋肉の減少
⑼ 心肺機能の低下
⑽ 変形(退行)性の関節疾患(変形性関節症)などの筋骨格系の変化
さらには、筋肉が著しく減少してサルコペニア(筋肉の喪失)を引き起こし、身体が弱まってフレイル(虚弱)になります。
エネルギーも低下します。
副腎は生活のストレスについていけなくなります。
そして、エネルギー工場であるミトコンドリが劣化して機能が鈍くなります。
無限の活力をもって走り回る3歳児と、動きが非常に遅い90歳の違いはなんでしょうか?
それは、ミトコンドリアの数と働きです。
分子細胞生物学などが、老化と病気の生物学を理解することにおける科学的進歩は、現在の医療アプローチを根本的に考え直すよう迫っています。
それぞれの病気を個別に治療する現在のモグラ叩き医療から、病気(生理機能の不具合)を、根本的な原因を持つ機能不全のサインとして捉え直し、原因を修正・治療することによって健康をつくり出すアプローチへと考え直すことが必要なのです。
科学者たちは、年を重ねるにつれて状況が悪化する仕組みをマッピングしました。
科学者が見出したのは、次の「老化の典型的特徴」、つまり病気の上流にある生物学的変化です。
⑴ 栄養感知システムの障害─現代版の栄養失調
⑵ DNAの損傷 ─ 遺伝子のコピーに不具合が起こる
⑶ テロメアの短縮 ─ 染色体のキャップがほどける
⑷ タンパク質の損傷 ─ DNAと同じ理由で傷つく
⑸ エピゲノムの損傷 ─ 不協和音
⑹ 老化細胞の増加 ─ ゾンビ化した細胞が身体を傷つけ仲間を増やす
⑺ エネルギーの枯渇 ─ ミトコンドリアが衰える
⑻ 腸内環境の悪化 ─ 腸が悪玉菌に占拠される
⑼ 幹細胞の消耗・枯渇 ─ 身体の若返りシステムの衰え
⑽ 炎症性老化 ─ 免疫システムが老化する
機能性医学は、点と点を結ぶ手段で、身体のシステムとネットワークの根幹にある科学を取り入れ、それを、病気を生み出すシステムの乱れを評価するための実用的で拡張的な臨床モデルに発展させることにより、健康と長寿を生み出すアプローチです。
そうしたことから機能性医学は、システム医学、ネットワーク医学とも呼称されます。
機能性医学では、これらの老化の特徴は、下記の7つのコア生物学的システムをケアすることによって最適化することができるとしています。
つまり、身体に備わる7つの生理学的システムのバランスを崩すものが多すぎたり、バランスをとるために必要なものが少なすぎたりすることが、老化の典型的特徴、およびそれらの修正可能な機能不全がもたらす病気を引き起こしていると考えるわけです。
System 1 消化器系とマイクロバイオーム ─ 栄養素の代謝
System 2 免疫系と炎症 ─ 防御と修復
System 3 ミトコンドリア ─ エネルギー産生
System 4 解毒システム ─ 体内の老廃物と環境有害物質を除去
System 5 神経伝達システム ─ ホルモンなどを通した情報交換
System 6 循環・輸送系 ─ 老廃物を除去する
System 7 構造系 ─ 筋肉から細胞、組織まで
機能性医学は病気を治療しようとはしません。
症状ではなく、システムを健康な状態に戻すのです。
皆さんもよくご存知の通り、西医学健康法もそうですよね。
では寿命=健康寿命120年を阻む、病気(生理的不具合)の上流にある原因とは何なのでしょうか?
では次回から数回にわたって、前述の「老化の典型的特徴」についてみていきましょう。
死は怖くないが、死に急ぐ気はない。
その前にやりたいことがたくさんあるから。
I’m not afraid of death, but I’m in no harry to die.
I have so much I want to do first.
スティーヴン・ホーキング(Stephen William Hawking CH CBE FRS FRSA)
次回「老いを考える 4」は、「栄養感知システムは機能しているか?」と題しておおくりします。
References
1 Fries JF. “Aging, Natural Death, and the Compression of Morbidity.” N Engl J Med. 1980 Jul 17; 303(3): 130-35.
2 “X T9T Ageing-Related.” ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics, version 02/2022.
https://icd.who.int/browsell/l-m/en#/http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f459275392.
3 Andrew J Scott , Martin Ellison , David A Sinclair,“ The economic value of targeting aging”, Nat Aging
. 2021 Jul;1(7):616-623. doi: 10.1038/s43587-021-00080-0. Epub 2021 Jul 5. PMID: 37117804 PMCID: PMC10154220 DOI: 10.1038/s43587-021-00080-0
4 Health and Economic Costs of Chronic Disease.” National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion, Centers for Disease Control and Prevention. Last reviewed August 10, 2022.
https://www.cdc.gov/chronicdisease/about/costs/index.htm.
5 “Young Forever-The Secrets to Living Your Longest, Healthiest Life” by Mark Hyman, MD