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便秘が認知症を悪化させる Vol.2 【現役 リハビリ室長の知見】

2024.03.08

さて前回につづいて今回の投稿も、東京都内(港区)の病院でリハビリ室長として患者さんの治療に尽力されている、喜多村先生の臨床現場からの知見をお届けします。

便秘と認知症との密接な因果関係について、様々な興味深い報告が記述されています。

では、早速みていきましょう。

 

喜多村顕一|プロフィール

理学療法士、調理師

総合病院や脳神経内科・認知症専門クリニックに勤務後、現在は都内病院(港区)のリハビリ科室長を勤める。

10代からの持病であった尋常性乾癬や胃腸虚弱が西式健康法や甲田療法の実践によって改善した経験や、漢方薬局から受けた指導をもとに夫婦で取り組んだ食事療法によって、わずか1ヶ月足らずで子宝に恵まれた経験などを通じ「自分の身体は自分が食べた物からできている」「医食同源」ということを実感。

その後、もともと趣味であった料理で自身や家族の「身体にとって本当に美味しいもの」を目指すことが高じて調理師免許を取得。

「真実はシンプルである」という信念を持ちつつ、これまでの病院やクリニックでの経験も併せて、心身両面に対するより全人的なリハビリの追求をライフワークにしている。

 

便秘が認知症を悪化させる(4)

前回は、「腸内細菌」は人間の心身活動に不可欠な「セロトニン」「ドーパミン」といったホルモン(神経伝達物質)のほとんどを生成しているけれども、「便秘」になって「腸内細菌」がうまく働けていないと、それらが不足してしまって身体的にも精神的にも働きが鈍くなってしまうというお話をしました。

さらに「便秘」を改善させるためには「腸内環境」を整える必要がありますが、「腸内環境」とは「様々な腸内細菌によって形成される腸内の生態系」であるため、これらの菌のバランスや調和がとれた状態すなわち「腸和」を目指す必要があるというお話もしました。

今回はその続きになります。

Dopamine. Dopamine Medical pills in RX prescription drug bottle

「ドーパミン」が不足すると、覚醒度の低下や「意識の変容」も起こりやすい

前回、認知症疾患の人が「便秘」になると、心身ともに動きが鈍くなって「パーキンソニズム症状」が増悪してしまうのは、「腸内細菌」がうまく働けなくなることで、もともと不足している「ドーパミン」の生成量がさらに減ってしまうからだとお話ししました。

この心身ともに「パーキンソン症状」が増悪してしまうということについて、もう少し詳しくお話しいたしますと、小刻み歩行やすくみ足、姿勢反射(バランス)障害、動作緩慢、固縮(身体のこわばり)などの動作面ばかりでなく、精神面においても、思考緩慢や傾眠、反応が鈍くなってボーっとするといった覚醒度の低下や覚醒度が波を打つ「意識の変容」も出現してくるということです。

つまり「ドーパミン」が不足してくると、覚醒度の低下や「意識の変容」が起こりやすくなるということであり、それによって覚醒度の低下をベースにした妄想や幻覚、易怒性などといった精神症状も出現・増悪しやすくなってしまうということです。

その証拠に、「パーキンソニズム症状」のある患者さんに少量の「ドーパミン」製剤を処方すると、心身ともに症状が改善するということを、実際これまでに何度も経験しています。

「ドーパミン」を補充すると、動作面だけでなく意識もはっきりし、受け答えや顔の表情もしっかりするのです。

このように「ドーパミン」の働きは人間のあらゆる活動に及んでいます。

したがって、「腸内細菌」がバランスの良い状態で気持ちよく働いてくれて、「ドーパミン」などの人間にとって不可欠な物質を十分に作ってもらうということが、心身の健康にとっては非常に大事になるのです。

特に認知症疾患の人では、「腸内細菌」にしっかり働いてもらえるような「腸内環境」を整えることがとても大事だということであり、それが治療にもつながるということです。

人間は「腸内細菌と共生している」のです。

脳を育て、感情を整え、性格まで決める「腸内細菌」

このように「腸内環境」は脳の働きと非常に深く関連しています。

昔から日本では「腹が立つ」「腹黒い」「腹がきれい」「腹の虫がおさまらない」「腹を割って話す」などといわれます。

これは日本人がそのことを経験的に感じていたからではないでしょうか。

実際に「腸内細菌」はその人の性格まで決めているかもしれないという研究結果もあるほどです。

以前も一度ご紹介しましたが、九州大学大学院医学研究院の須藤信行教授による「腸脳相関」に関する研究では、

・腸内細菌を持たない無菌マウスは、外界からの各種刺激・ストレスに対して過敏でアレルギーを抑制する力も弱いが、細菌を植え付けると次第にアレルギー反応が抑えられる。

・無菌マウスはストレスに弱くて不安行動が多いほか、多動、攻撃的、他のマウスを食べてしまうほどの荒っぽさを持つことが研究者の間では知られていたが、ビフィズス菌を投与したら通常マウスと同程度に鎮静化した。

・無菌マウスは脳由来の神経栄養因子も少ない(=脳の成長や修復・再生に不利)。マウスの実験で腸内細菌が生成する短鎖脂肪酸の一つである酪酸を投与されたマウスでは、脳の海馬や前頭葉における脳由来の神経栄養因子が増加していることが分かり、脳の成長に寄与している可能性が示唆された。

・乳酸菌が不安や抑うつを減少させる。動物実験では酪酸には抗うつ作用があることが分かった。

などと報告されています。

Bacteria, bacilli, E. coli, part of the intestinal microbiome. 

性格や精神面において、「腸内環境」が成熟していないと不安、多動、攻撃的になるけれども、「腸内細菌」によって「腸内環境」が成熟すると落ち着いてくること、さらには別の個体の「腸内細菌」を移植することで性格まで似てくるというのですから驚きです。

また、「腸内細菌」が生成する「短鎖脂肪酸」は、腸上皮細胞のエネルギー源になる他にも、脳の成長や修復に関わる栄養因子を増加させてくれるというのですから、「腸内細菌」は脳を育て、脳神経の修復もしてくれる、人間にとって欠かせないパートナーであるということは間違いありません。

加えて「短鎖脂肪酸」の一つの酪酸は「不安」と「うつ」まで抑える作用まであるといいます。

そうすると「腸内細菌」が脳を育て、感情を整え、性格まで決めると言っても、決して過言ではないと思うのです。

 

便秘が認知症を悪化させる(5)

前回は、「腸内環境」の悪化によって「腸内細菌」が生成する「ドーパミン」量が不足してくると、覚醒度の低下や「意識の変容」も起こりやすくなるため、それらをベースにした妄想や幻覚、易怒性といった症状はもちろん、心身ともに認知症症状が全体的に悪化しやすくなるというお話をしました。

また研究報告を引用しながら、「腸内環境」は脳の働きと非常に深く関連しており、「腸内細菌」は脳を育て、感情を整え、性格まで左右すると言っても過言ではないというお話もしました。

今回はその続きになります。

Wall of the small intestine stained with PAS technique. Goblet cells apper as fuchsia points in the epithelium lining the villi and the crypts of Lieberkhün. 

「便秘」がちな人は「リーキーガット」が生じやすい

前回までにお話ししてきたように、「便秘」になって「腸内細菌」がうまく調和して働けなくなると、人間の活動にとって大切な「ホルモン」や「短鎖脂肪酸」などが十分に生成されなくなり、そうすると身体的・精神的活動がスムースにいかなくなるため、認知症の症状が全体的に悪化しやすくなります。

しかし「便秘」によって認知症症状が悪化してしまう理由として考えられるものは、これだけではありません。

みなさんは「リーキーガット(腸管壁浸漏)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

以前もお話ししたことがありますが、「リーキーガット」とは、腸の粘膜に「穴」が開いて「体内」に「異物」が侵入しやすくなっている状態のことをいいます。

通常、腸粘膜の細胞は細胞同士がしっかり結合していて「すき間」などないのですが、腸粘膜に炎症が起きたり、小麦タンパク質の「グルテン」を摂りすぎたりすると、それらの結合が緩んで「すき間=穴」が開いてしまうのです。

これは、「グルテン」の分解物である「グリアジン」が腸粘膜の上皮細胞に結合すると「ゾヌリン」というタンパク質が過剰に分泌されてしまい、この「ゾヌリン」が細胞同士の結合を緩めてしまうからです。

ちなみに「腸粘膜の炎症」や「グルテン」の他にも、腸粘膜の細胞同士の結合を緩めてしまうものがあります。

それは、アルコール(エタノール)、キトサン(カニやエビの殻やキノコ類などの成分)、カプシアノサイド(唐辛子成分)などです。

また、繊維質の少ない食事習慣やストレス、添加物や農薬などの化学物質、抗生剤などによっても、腸内細菌のバランスが崩れて「リーキーガット」が生じやすくなると報告されています。

つまり「リーキーガット」が生じる主な原因としては、腸粘膜の炎症、グルテンの過剰摂取、お酒や唐辛子の過剰摂取、食物繊維の少ない食事習慣、ストレスなどがあるのです。

これらのうち、腸粘膜の炎症と食物繊維の少ない食習慣、ストレスは「便秘」と深く関連しています。

食物繊維の摂取量が少なかったり、ストレスがあったりすると当然「便秘」しやすくなりますし、「便秘」によって腸の中に老廃物が長時間とどまると、それらがいわゆる「腐敗」して「有害物質」が発生しやすくなり、腸の粘膜に「炎症」が起こりやすくなってしまうからです。

したがって「便秘」がちな人は「リーキーガット」も生じやすいといえるのです。

「リーキーガット」があると体内に「異物」が侵入しやすくなる

本来、食べ物は口から胃、腸に送られる中で様々な消化酵素の働きを受け、一番小さな物質にまで分解されて初めて腸から吸収されますが、「リーキーガット」があると、一番小さな物質になる前の段階で腸の粘膜を通り抜けてしまいます。

するとそれらの物質は、本来は「体内」に入ってこない「異物」として認識され、身体を守るための「免疫反応」によって「炎症」が起こり、身体の中で様々な障害を起こしてしまうのです。

そのため食べ物は最小単位までしっかり消化・分解されることが大事なのですが、「糖質」「脂質」「タンパク質」という3大栄養素の中では、「タンパク質」が人間にとって一番消化しにくくなっており、特に小麦に含まれる「グルテン」や乳製品に含まれる「カゼイン」などが分解されにくく「未消化のタンパク質」になりやすいといわれています。

これは、人間はもともとこれらの「タンパク質」を分解する消化酵素が不足しやすいからだそうです。

「リーキガット」があると、このような本来は入ってきてほしくないような「未消化の食べ物」はもちろん、「有害物質」や「細菌」までもが「体内」に侵入してきてしまうのです。

そして、それらが体内のいたるところで「炎症」を起こし、様々な障害や病気を引き起こす原因になってしまうのです。

Bottle of milk, eggs, and bread on the wooden table. 

「リーキーガット」があると「リーキーブレイン」も生じやすい

また、もしこのような「異物」が体内に入ってきたとしても、本来脳には「血液脳関門(Blood -Brain Barrier: BBB)」という厳重な「関所」があるので、まず脳に侵入することはありません。

しかし、腸粘膜で「リーキーガット」が生じるのと同じように、脳の「血液脳関門」でも「リーキーブレイン(血液脳関門浸漏)」が生じるということが分かってきました。

つまり、腸粘膜の細胞同士の結合を緩ませて「リッキーガット」の直接的な原因になる「ゾヌリン」や、炎症を引き起こす「有害物質」などが、腸粘膜の「穴」から体内に侵入して血流に乗って脳に到達すると、とりわけ頑丈な「血液脳関門」にまで作用して「関門」を開いてしまうのです。

「リーキーブレイン」でいわゆる「脳漏れ」状態になると、本来は絶対に入ってこないはずの「有害物質」や「細菌」までもが次々に脳内に入ってきてしまいます。

するとやはり「異常な免疫反応」が引き起こされて、脳内でも「炎症」が起こりやすくなります。

つまり「便秘」がちの人は「リーキーガット」と「リーキーブレイン」も合併しやすく、そのために腸内の「有害物質」が脳内に侵入して影響を及ぼし、認知症の人では心身ともに症状が悪化しやすくなるのです。

そのため、認知症患者さんが「便秘」になって腸内に「有害物質」が増えてくると、すぐにそれらの物質が脳神経にも作用し、急激に認知症が悪化してしまうのではないかと考えられるのです。

 

便秘が認知症を悪化させる(6)

前回は、便秘がちの人は「リーキーガット」が生じやすく、「リーキーガット」があると未消化の食べ物や有害物質、細菌などの「異物」が体内に侵入して炎症を起こしやすくなるというお話をしました。

さらに、それらの「異物」は、本来であれば「血液脳関門」を通り抜けることができないけれども、「リーキガット」を引き起こす物質が「血液脳関門」も緩めてしまって「リーキーブレイン」を生じさせ、そうなると「異物」が脳内に侵入して炎症も起こりやすくなってしまうことから、認知症患者さんが「便秘」になって腸内の「有害物質」が増えてくると、途端にそれらが脳にも影響を及ぼして認知症が悪化してしまうのだろうというお話をしました。

今回はその続きになります。

スッキリ排便できただけで症状が劇的に改善する患者さんも

認知症の症状は変動することが少なくありません。

これは認知症患者さんは色々なものに対して「過敏性」を持っていることが多いからです。

そのため、ちょっとしたことであっても過敏に反応して、身体の動きや精神症状が悪化しやすいのです。

認知症の症状に影響を与えるものとしては、天候や低気圧、月の満ち欠け(特に満月や新月)、体調(脱水や風邪など)、身体的・精神的ストレス、不適切な投薬や投薬量などが挙げられますが、臨床的にもっとも多く遭遇する原因の1つが「便秘」なのです。

そのため、患者さんの症状が急に悪くなって、家族や施設スタッフから「どうしたらよいでょうか?」などと問い合わせがあった時には「便は出ていますか?」と必ず確認するほどです。

実際、すっきり排便できただけで症状が劇的に改善するような患者さんが何人もいらっしゃいます。

そこで今回からは、そのような実際の症例についていくつかご紹介していこうと思います。

 

【症例1:大脳皮質基底核変性症の80歳代男性】

初診時、独歩は可能なものの、パーキンソニズム症状に加えてムズムズ脚症候群の症状が強く、じっと座っていることができないというのが主訴だった患者さんです。

 

この患者さんは「薬剤過敏性」が強く、薬の調整が難しかったのですが、何とかムズムズ脚の症状は治まり、歩行動作も安定感が出てきていました。

しかし、徐々にパーキンソニズム症状の変動が大きくなって、ボーっとしたり、急に身体が強張って動けなくなるようなことが増え、転倒も見られるようになりました。

この患者さんは、もともと便秘がちで1週間近く排便がないということも珍しくなく、排便があると症状が改善し、便秘になると症状が悪化するというのを繰り返していました。

そのため、数種類の便秘薬を調節したり、水分摂取量を増やすなどしてもらっていたのですが、それでもなかなか定期的な排便が難しい状態でした。

 

そこで訪問看護を導入し、定期的に浣腸や摘便をしてもらうようにしたのですが、それでもなかなか明らかな改善は見られず、そのうちに一過性の意識消失発作が出現したり、立ったまま全身が強張って動けなくなるといった症状も見られるようになってしまいました。

これらの症状は「てんかん」がベースにあることが多いため、抗てんかん薬を開始したり、投与量を調整するなどして対応していったところ、そのような発作的な症状が起こる頻度は減ったものの、まだまだ全体的な症状の波打ちが明らかでした。

そこで、全体的な症状を根本的に改善させるためには、やはり排便コントロールが一番大切だと考え、新たに便通を促すようなサプリメントや補助食品などをいくつか試してもらうようにしました。

 

すると、ある食物繊維の補助食品が、この患者さんには非常に効果があったのです。

その食物繊維の補助食品の摂取を始めてしばらくすると、定期的に2日から3日に1度、しかも自力で排便できるようになったのです。

さらに、以前はコロコロとした便で量が少なかったのが、しっかりした形の便が大量に出るようになりました。

すると全体的な症状が明らかに改善していきました。

意識が消失したり、身体が硬直してしまうような発作的な症状は全く見られなくなり、ボーっとしていた意識がはっきりして、歩行もしっかりして転倒することがなくなったのです。

また、この患者さんは現役で会社社長を続けているのですが、以前はどうしても日中横になって過ごしがちだったのが、「仕事をしたい」と机に向かって過ごす時間が増え、会社のネット会議に参加できるまで回復したのです。

 

定期的な排便習慣ができるだけで、それまで少しずつ進行してきていた病気の症状が、いっぺんに大きく改善されたのには驚きました。

この症例を通じて、認知症を伴う神経変性疾患の治療においては、定期的な排便習慣を持つことがいかに大切なことであり、逆に「便秘」がいかに病気の症状を悪化させてしまうのかということを、スタッフ一同改めて思い知らされた次第です。

次回に続きます。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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