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いのちまで人まかせにしないために

ケトジェニック・ダイエットと癲癇(てんかん)

2022.11.11

てんかんは、突然意識を失って反応がなくなるなどの「てんかん発作」を繰り返し起こす病気ですが、その原因や症状は人により様々で、乳幼児から高齢者までどの年齢層でも発病する可能性があり、患者数も100人に1人と、誰もがかかる可能性のある病気のひとつです。

「てんかん発作」は、脳の一部の神経細胞が突然一時的に異常な電気活動(電気発射)を起こすことにより生じますが、脳のどの範囲で電気発射が起こるかにより様々な「発作症状」を示します。

脳の神経細胞(ニューロン)は、その数は数百億ともいわれますが、基本的に電気的活動を行っているため、強い電気刺激により異常で過剰な電気活動(電気発射)を起こす性質があります。

「てんかん発作」は、このニューロンの電気発射が外部からの刺激なしに自発的に起こる現象を指し、また「てんかん」は、この「てんかん発作」をくりかえし起こすことを特徴とする病気です。

てんかんは、原因が不明な「特発性てんかん」と、頭部外傷、脳卒中、脳腫瘍、アルツハイマー病など原因が明らかな「症候性てんかん」に分けられます。

乳幼児から、小児、学童、思春期、成人、高齢者のいずれの年齢層でも発症しますが、特に小児と高齢者で発症率が高いといわれています。

重症度は千差万別で、小児期に発病し数年に一度程度の発作で成人になれば完治してしまう良性の特発性てんかんがある一方、頻繁に発作をくりかえし様々な脳機能障害が進行する難治の症候性てんかんもあります。

しかし全体としては、60~70%の患者さんは抗てんかん薬の服用で発作は止まり、大半の患者さんは支障なく通常の社会生活をおくることができます。

また薬で発作が抑制されない場合でも、外科手術で発作が完治することや症状が軽くなることがあります。

出典:厚労省ホームページ

 

古代ギリシャでは、てんかんは「転倒病」と呼ばれていました。

てんかん発作は、突然身体が引きつり、全身が痙攣し、麻痺の兆候を示し、ときには口から泡を吹くこともあります。

古代ギリシャ以前の古代バビロニアでは、悪魔や幽霊に一時的に取り憑かれて発症すると信じられていました。

もちろん今日では、てんかんが超常現象とは無関係なことはわかっています。

てんかんは、脳の神経細胞が正常に機能しなくなることで発症します。

いつ発作が起こるかわからず、発作が起こると痙攣が止まらなくなったり、「前兆」と呼ばれる異常な感覚が生じたり、意識を失ったりもします。

転倒病と呼ばれていたのは、そのためです。

てんかんは、神経疾患の中で発症例が4番目に多く、あらゆる年齢の人に見られます。

先天的なケースも、成長とともに発症するケースもあり、逆に子どもの頃にあった症状が、大人になってから治まる場合もあります。

しかしながら、多くの場合、生涯つづきます。

発作にはさまざまな種類があり、てんかんの原因としては遺伝や発達障害、頭部外傷、脳関連疾患、感染症に至るまでいくつもあります。

しかし幸いなことに、今日では薬物療法や食事療法、場合によっては手術などの治療法があります。

 

中でも食事療法には長い歴史があり、何千年もの間、医師がてんかんの治療に用いることができた唯一の方法でした。

食事とてんかんに関わる脳機能との関係は、観察によって明らかにされています。

古代ギリシャの時代から、先見の明のある医師たちは、患者の食事の量を減らしたときに何が起こるかに注目したのです。

ただし、てんかんの原因が正しく理解されるまでには、それから数千年の時間を要したのです。

近代的な農業や食品流通産業が発展する以前、人類はたびたび深刻な飢饉を経験してきました。

紀元前5世紀以来、ギリシャの医師は、軽度の飢饉がてんかん患者に与えた影響を観察し、てんかん患者に断食や定期的な食事制限を勧めてきたのです。

1900年代前半、フランスと米国の医師が、てんかん治療における断食に再び注目しました。

1920年頃、医師たちは断食や飢えた状態にある患者の呼気に「アセトン」が、血中に「βヒドロキシ酪酸」がそれぞれ含まれていることに気づきました。

全米で最も優れた病院のひとつに数えられる(ミネソタ州チェスターにある)メイヨークリニックの内分泌学者ラッセル・ワイルダーは、脂肪酸からケトン体をつくるケトン体生成(ケトジェネシス)がその原因だと考えました。

アセトンとβヒドロキシ酪酸は、特定の条件下で自然に賛成される3つのケトン化合物のうちの2つで、患者が断食をしたときや飢饉で糖質の摂取が不足しているときに生じていたのです。

ケトンは肝臓でつくられる水溶性の分子です。

ワイルダーは、子どもが長期的に栄養不足の状態に陥るのは成長や発達を阻害するため、てんかんの子どもたちの治療のために、高脂肪、低糖質の食事を与える「ケトジェニック・ダイエット」を考案しました。

そしてワイルダーは、この食事法には、断食と同等のてんかんの症状を緩和する効果があり、その効果をはるかに長い期間保つことができると主張したのです。

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ケトジェニック・ダイエットの考案者として知られるワイルダーは、医学界のさまざまな分野の先駆者でもあります。

新陳代謝と栄養の専門家として名高く、キャリアの大半をⅠ型糖尿病患者の治療に捧げています。

カナダ人医師バンティングやトロント大学の研究者らがインスリンを発見すると、すぐに臨床使用を主導しました。

インスリン投与量の決定でも重要な役割を果たし、1931年にメイヨークリニックの医学部長となり、栄養面の研究を推進しています。

米国糖尿病学会の発展にも大きな貢献をし、引退間近の1947年には会長に就任しています。

1960年代、シカゴ大学のピーター・フッテンロッヒャーは、食事中の飽和脂肪酸を、中鎖脂肪酸(MCT)と呼ばれる飽和脂肪の一種に置き換える方法を考案しました。

今日の日本においても浸透した「欧米式の食事」において、脂質の大半は炭素数が13個から21個の長鎖脂肪酸です。

一方、MCTに含まれる中鎖脂肪酸の炭素数は6個から12個です。

MCTは認知機能の改善や体重管理に役立つことが実証されていて、ココナッツオイルが健康に良いといわれているのも、MCTが含まれているからです。

Coconut oil, tropical leaves and fresh coconuts

ケトン体はMCTから効率的につくられるため、食事療法に取り組む人は、標準的なケトジェニック・ダイエットよりも糖質を多く摂取できるようになります。

1970年には、ジョンズホプキンス病院のサミュエル・リビングストンが、1000人超の小児てんかん患者を対象に、ケトジェニック・ダイエットの食事療法を行い、その結果、50パーセント以上の患者が発作を完全にコントロールできるようになり、27パーセントの患者はコントロールが改善したと報告しています。

ところが、医師が抗てんかん薬を利用できるようになると、ケトジェニック・ダイエットは人気を失っていくことになります。

そして1994年、息子の重度のてんかん発作の治療法を探し求めていたハリウッドの映画プロデューサー、ジム・エイブラハムズが、ジョンズホプキンス大学医学部で小児てんかんを研究していた小児神経科医ジョン・フリーマンと出会ったことで様相は一変します。

フリーマンは、難治てんかんに対して薬を使わず、副作用のないケトジェニック・ダイエットの復活を提唱し、医学界の常識に挑戦していたのです。

フリーマンのもとでケトジェニック・ダイエットを開始したエイブラハムズの息子は、2日もたたないうちに発作が治まってしまったのです。

1994年にメジャーネットワークのNBCの番組『デイトラインNBC』でこのエピソードが取り上げられ、ケトジェニック・ダイエットは再び脚光を浴びるようになったわけです。

現在、この食事療法は他の治療法とともに主流の治療法と見做され、45カ国以上で実施されています。

抗てんかん薬とケトジェニック・ダイエットを併用することで、多くの患者が発作をうまくコントロールできるようになっています。

てんかん患者の脳にケトジェニック・ダイエットがどんな影響を及ぼすのかは、長い間よくわかっていませんでした。

しかし、2005年のエモリー大学健康科学センターによる画期的な研究によって、この食事法が脳のエネルギー代謝に関わる遺伝子に変化を生じさせ、それがてんかん発作の誘発にさらされるニューロンの機能の安定につながっていると考えられるようになりました。[1]

最近の研究によれば、この食事法は自閉症、脳腫瘍(特に膠芽腫こうがしゅ)、多嚢胞性卵巣症候群、肥満やメタボリック症候群、ニキビ、筋萎縮性側索硬化症(ALS、あるいはルー・ゲーリック病)、アルツハイマー病、パーキンソン病、糖尿病、気分障害、うつ病に有効な追加治療法になる可能性があることが示唆されています。

マウスによる実験では、記憶の中枢である海馬の記憶障害が改善され、健康寿命が延びたと報告されています。[2]

このようにケトジェニック・ダイエットは、脳だけでなく全身に良い影響をもたらすのです。

Ketogenic diet concept. A set of products of the low carb keto diet. Green vegetables, nuts, chicken fillet, flax seeds, quail eggs, cherry tomatoes. 

ケトジェニック・ダイエットの要点は、糖質を可能な限り減らし、脂質を多く(摂取カロリーの7~8割を脂質にするのが一般的)、タンパク質を適度に摂ることです。

この食事法は、「身体の基本的な機能を維持するためには、本当に糖質が必要なのか?」という疑問を提起します。

よく「ブドウ糖(グルコース)は身体の主なエネルギー源で、特に脳を動かすのに欠かせない燃料」とか「朝食を抜くと、血糖値が低くなり、頭がまわらなくなる」という批判を目にします。

また「脂肪の摂取量は1日の総摂取カロリーの2割以下に抑えるべき」との指摘もあります。

では、実際のところはどうなのでしょうか?

糖質はゼロ、ほとんどが脂質の食事で最高の運動パフォーマンスが得られることが、いくつかの実験で示されています。

1983年にはすでに、研究医のステファン・フィニーが、マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学の研究者らと、世界トップクラスの自転車選手を対象にしたケトジェニック・ダイエットの実験をおこなって実証しています。[3]

この実験は、その後の研究で明かされていく食事に対する新たな考え方の端緒になっており、今日では世界各地の研究者が、ケトジェニック・ダイエットの効果を示す多くのエビデンス(科学的根拠)を提供しています。[4]

そして今日では、多くの持久系トップアスリートや癲癇(てんかん)患者、糖尿病患者が取り入れています。

低糖質、高脂肪の食事によって、わずか10週間で糖尿病が治り、インスリンを必要としなくなった患者もいます。

筋肉隆々のマッチョなゴリラ。

主食は木の葉の典型的な草食動物です。

タンパク質や糖質は、ほとんど摂りませんよね!

 

ちなみに、今日「ダイエット」という言葉は、もっぱら「痩せるための食事」を指す言葉として使われていて、「食べ物を食べないこと」を「ダイエットしている」などと言っています。

しかし、ダイエットの本来の意味は「食べ物を食べること」です。

形容詞である「ダイエタリー」は「食事の」という意味で、「痩せるための食事の」という意味ではありません。

 


References

1 Emory University Health Science Center, “Ketogenic Diet Prevents Seizures by Enhancing Brain Energy Production, Increasing Neuron Stability,” Science Daily, November 15, 2005.

www.sciencedaily.com/releaces/2005/11/051114220938.htm.

2 Abbi R. Hernandez, Caesar M. Hernandez, Haila Campos, et al., “A Ketogenic Diet Improves Cognition and Has Biochemical Effects in Prefrontal Cortex That Are Dissociable from Hippocampus,” Frontiers in Aging Neuroscience 10 (December 3, 2018):391.

3 S. D. Phinney, B. R. Bistrian, W. J. Evans, et al. “The Human Metabolic Response to Chronic Ketosis without Caloric Restriction: Preservation of Submaximal Exercise Capability with Reduced Carbohydrate Oxidation,” Metabolism 32, no.8 (August 1983): 769-76.

4 Eric C. Westman, Justin Tondt, Emily Maguire, and William S. Yancy, Jr., “Imprementing a Low-Carbohydrate, Ketogenic Diet to Manage Type2 Diabetes Mellitus,” Expert Review of Endocrinology & Metabolism 13, no.5 (September 2018): 263-72.L. R. Saslow, S. Kim, J. J. Daubenmier, et al., “A Randomized Pilot Trial of a Moderate Carbohydrate Diet Compared to a Very Low Carbohydrate Diet in Overweight or Obese Individuals with Type 2 Diabetes Mellitus or Prediabetes,” PLos ONE 9, no.4 (April 2014): e91027.

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