美と健康の真実を考える

Vol.5 ジャック・ぺレッティ『世界を変えた14の密約』2018年 関美和 訳 文藝春秋

2019.08.19

ジャック・ぺレッティ『世界を変えた14の密約』2018年 関美和訳 文藝春秋

DONE: THE SECRET DEALS THAT ARE CHANGING OUR WORLD by Jacques Peretti


著者プロフィール

ジャック・ペレッティ(Jacques Peretti)

1967年、ワトフォード生まれ。ジャーナリスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒業。英国BBCにて「The Men Who Made Us Fat」「The Super – Rich and Us」「Britain’s Trillion Pound Island」等の番組を手掛ける。ガーディアン紙、ハフィントンポスト、ワイアードなどにも寄稿。


訳者プロフィール

関 美和(せき・みわ)

慶應義塾大学文学部卒。電通、スミス・バーニー勤務を経て、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経て、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。杏林大学外国語学部准教授。主な翻訳書に『シェア』『MAKERS』『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)、『Airbnb Story』(日経BP社)、『レッドチーム思考』(文藝春秋)などがある。


まえがき

「企業の密約が世界を変えた」と言えば、ありがちな陰謀説だと思われるかもしれない。しかし、本書はそんな陰謀説を掲げてスキャンダルを暴露しようとする本ではない。むしろ、それとは正反対だ。この本は、今わたしたちをとりまくこの世界が、偶然の産物ではなく、ある意図のもとになるべくして今の形になったことを、歴史的な事実、綿密な取材に基づいてひも解いていく。本書を読めば、ばらばらに見えた点と点がつながり、目の前にある世界が違う角度で見えてくる。

著者のジャック・ペレッティは、名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを卒業して調査報道の道に進み、ガーディアンやワイアードといった一流誌紙に予言的な記事を掲載してきた、今最も旬なジャーナリストの一人である。ドキュメンタリー制作者としての実力も折り紙つきで、本書をもとにしたドキュメンタリー番組もBBCで放送され、大きな反響を読んでいる。── 訳者あとがきより抜粋


第5章 肥満とダイエットは自己責任か

スーパーに行けば、味を出すために添加物が大量に加えられた、高カロリーの加工食品が棚いっぱいに並べられている。お皿に乗った化学物質。要するに、わたしたちを太らせているのは、そんな食べ物だ。その隣には、低脂肪、低炭水化物などの「ヘルシー」な食品。その前の棚にあった食品を食べてデブになり、必死に痩せようとしている人たちに向けて、次の棚の「ヘルシー」な食品が売り込まれる。

スーパーに行けば、肥満を全方向からひと目で見ることができる。あらゆる角度から儲けのチャンスを分析した企業が、人を太らせ、痩せさせている。人間のメタボリズムは変わっていないが、肥満を蔓延させることで、企業はカネを儲けている。

肥満とダイエットがカネ儲けという目的で固く結びついている様子は、奇妙で驚くべきものだ。その物語は、ライバル企業の過酷な競争と、風変わりな実験と、偏ったデータと、汚い策略に彩られている。そうした動きの中で、科学者とビジネスマンが、わたしたちの口に入るものを根本的に変えようと動き出していた。その過程で交わされた密約が、人類の姿を変えることになった。


保険を売るために生み出された肥満

1954年、ニューヨークのメトロポリタン生命保険会社の本社で働いていたルイ・ダブリンという統計家は、顧客の保険料の支払額と顧客の体重に相関関係があることに気がついた。そこで、ダブリンはひらめいた。

契約者の体重の基準値を切り下げて、それまで「太り過ぎ」に分類されていた人たちを、健康に害を及ぼす「肥満」に分類すれば、契約者が大幅に増え、何万人という「普通」の人たちも「太り過ぎ」に分類される

そうやって新しく「肥満」や「太り過ぎ」になった契約者は、高い保険料を支払うことになる。ダブリンには、それを裏付ける科学的な指標が必要だった。そこで作り出したのが、身長と体重からはじき出すBMI(ボディマス指数)だった。BMIは既存の指標よりもはるかに科学的に見えたものの、実は筋肉密度と脂肪がごっちゃになっていた。BMIによると、世界最速の男ウサイン・ボルトは肥満になってしまう

一夜にしてアメリカ人の半数が「太り過ぎ」か「肥満」に分類され、高い保険料を支払うはめに陥った。「科学的な根拠は何もないんです」と言うのは、ダブリンの指標を分析した調査報道記者のジョエル・グエリンだ。「ダブリンはデータを見て、25歳前後の人たちの理想的な体重を勝手に全員にあてはめただけです」。


飢餓実験で判明、ダイエットが太る体質をつくる

1944年、ヨーロッパの人々が栄養不良に苦しむなかで、アメリカ政府はもし同じような恒常的な食料不足にアメリカが襲われたらどうなるかを調べることにした。そこで、飢えた人間の身体に何が起こるかを実験してみた。

高名な栄養学者のアンセル・キーズが実験の秘密任務につき、36人の善意の被験者を対象に、人が飢えたらどうなるかを観察することになった。キーズは、アメリカ初の非常用戦闘食「Kレーション」の開発や、1960年代には「地中海ダイエット」を提唱し、タイム誌の表紙になり、栄養学の大家として世界中で有名になった。

キーズは一年にわたってミネソタのスタジアムの地下牢に被験者を閉じ込めて過酷な実験を行った。被験者の男たちは気がふれた。フィールドに出ることを許されると、草を食べようとする人や、科学者に噛みつこうとする人、自分の指を3本、斧で切り落とす人もいた。

それでも、ふたたび被験者に食糧を与えると、信じられないことが起きた。あっという間に、太りはじめたのだ。数週間でもとの体重に戻ったばかりか、もとの体重を超えて、さらに太り続けた。ダイエットは人を太らせ、メタボリズムを変化させ、それ以前よりも太る体質にすることに、キーズは気づいた。

トレイシー・マン博士はミネソタ大学内でNASA(米国航空宇宙局)のために、ダイエットが人の体に及ぼす生理的な影響を研究していた。「キーズの発見をよく見ればみるほど、すごいと思った」ダイエットはかならず失敗するという、動かぬ証拠をキーズは突きつけていたとマン博士は言っている。しかも、ダイエットとリバウンドを繰り返すうちに、確実に体重が増えていき、時間が経つごとに少しずつ着実に太っていくこともわかった

本来なら、この科学的根拠を示せば、ダイエット業界など、はじまる前に終わってもおかしくなかった。しかし、それが逆に理想的なビジネスモデルの土台となった。ダイエットに失敗するとそれを自分のせいだと思い込み、またダイエットに戻る、とマン博士は言う。つまり、鉄壁の商売だ。キーズはダイエット産業に科学的なお墨付きを与え、それを根底から変えた。ダイエットは、かならず失敗する。だからこそうまい商売になるというわけだ


食品– 脂肪= 食品+ 糖分= 肥満

1971年、リチャード・ニクソンに再選挙が迫っていた。ベトナム戦争がニクソンの支持率を脅かしていたが、有権者は食品価格の高騰という深刻な問題を抱えていた。ニクソンが生き延びるためには食品価格を下げなければならず、そのためには非常に強硬なロビー団体を味方につける必要があった。それは農家だ。ニクソンは、アール・バッツというインディアナ州出身の学者を農業団体との仲立ちに任命した。バッツには、過激な計画があった。

バッツは農家を後押しし、トウモロコシの工業規模での耕作をはじめた。トウモロコシの大増産によってアメリカの家畜はどんどん太り、ハンバーガーはますます大きくなり、コーン油で揚げたフレンチフライの脂肪分も増えていった。トウモロコシが原動力となって、シリアルからビスケットから小麦まで、すべてのものが安くなり、量は増え、そのほかの多くの食品にもトウモロコシが使われるようになった。アメリカの農家はグローバル市場を支配する億万長者のビジネスマンになった。

1970年代の半ばになると、トウモロコシは供給過剰になっていた。バッツは当時新たに開発されていた奇妙な商品を調べるため、日本に飛んだ。それがHFCS(ハイフルクトースコーンシロップ、つまり異性化糖)だ。異性化糖はトウモロコシの加工過程で生まれる廃棄物から生産されるネバネバしたシロップで、極端に甘ったるく驚くほど安かった。

まもなく異性化糖は考えられるかぎりすべての食品に入り込んでいった。ピザ、コールスロー、そしてなんと肉にも。パンやケーキは焼きたてのようにつやつやになり、すべてが甘くなり、賞味期限は数日から飛躍的に延びた。わたしたちの身体に取り込まれる糖分量に、静かな革命が起きはじめていた。


脂肪を悪者にし、砂糖を無罪放免に

一般の人たちは、自分たちが口に入れる食べ物にそんな変化が起きていることなど知らなかった。(もしかしたら、いま現在も。)なかでも、ソフトドリンク(清涼飲料水)は、異性化糖によってがらりと姿を変え、肥満を生み出すことになる。

マンハッタンのダウンタウンで会ったハンク・カーデロは、1984年、コカ・コーラでグローバル・マーケティングの責任者を務めていた。ちょうど、コカ・コーラが重大な決断を下そうとしていた頃だ。砂糖を異性化糖に替えるという取り決めを結んだのだ。市場のリーダーが異性化糖を使うという決断を下したことは、業界に強いメッセージを送り、他社もすぐにそれに続いた。「当時は、肥満は問題にもなっていなかった」と、ハンクは言う。

しかし、懸念されていたのは別の健康問題だった。心臓病だ。ロンドンのUCL(University College London, 1826年設立 英国のトップ総合大学)で研究員を務めるジョン・ユドキン教授は、心臓病の原因が糖分だと主張していた。一方で脂肪だと指摘する学者もいた。例のミネソタでの飢餓実験を行なった、アンセル・キーズだ。キーズは国際的に名の知れた栄養学者で、その分野の第一人者だったが、ユドキンは外もので、少数派だった。糖分は有害どころか、死に至る可能性もあるという説に同意する人はほとんどおらず、ユドキンは次第に孤立していった。

ユドキンの信用を貶める組織的な動きがあったと言うのは、サンフランシスコ病院の内分泌学者ロバート・H・ラスティグだ。ユドキンの説が砂糖業界の利益を脅かすものだったからだ。キーズの研究は、食品業界が向かおうとしていた方向性にぴったりと一致していた。心臓病の責を脂肪に負わせ、砂糖を無罪放免にする、という方向性だ。

当時ユドキンの同僚だったUCLのリチャード・ブラックドーファー医師は、その頃のことをこう語っている。「業界のロビーがものすごかった。特に砂糖業界がすごかった。ユドキンは砂糖業界が自分の説にけちをつけていると激しく文句を言っていた」要するに、ユドキンは「干された」とラスティグは言う。

結局ユドキンは村八分になってしまった。しかし、ユドキンは心臓病と砂糖の関係だけでなく、肥満の蔓延に関しても砂糖の危険を明らかにし、未来を予測していたとラスティグは言う。ユドキンは口を封じられたのだと、ラスティグは語っていた。ユドキンの説は、多くの人たちにとって失うものが多すぎた。

社会全体が太りはじめ、まさにユドキンが予知した肥満の蔓延と闘うための新しい商品を、人々は欲しがっていた。それが食品会社の研究室で生まれた「低脂肪(ローファット)」という斬新なコンセプトの食べ物だ。


低脂肪食品で肥満が爆発的に増えたのはなぜか?

低脂肪食品は、増大する肥満の危機を救う、食品業界にとって「夢のような商品」だった。だが、ひとつ問題があった。「食べ物から脂肪を除くと、厚紙のような味になり、脂肪に替わる何かが必要になる。その何かが砂糖だった」と言うのは、内分泌学者のラスティグだ。

一夜にして、信じられないような奇跡の新製品がスーパーの棚に並んだ。低脂肪ヨーグルト、低脂肪マーガリン、そしてなんと低脂肪チョコレートケーキ。「好きなものを好きなだけ」を売り物にした魔法の食品はいずれも、脂肪を取り除くかわりにそれを糖分で埋めていた。そしてこの「奇跡の食品」の売上は世界中で急増していった。

低脂肪の流行とともに、欧米ではなだれを打ったように肥満が増加していった。医師も患者も原因はわからなかった。1966年にはBMIが30を超える人(肥満に分類される)の割合は男性でわずか1.2パーセント、女性で1.8パーセントだった。1989年までにその割合は男性で10.6パーセント、女性では14パーセントまで上がった。しかも糖分を摂れば摂るほど、ますます空腹感が増すようになったのだ。糖分は新たな依存症を引き起こしているようだった。

ニューヨーク大学のアンソニー・スクラファニ教授は、この現象について調べはじめ、「肥満の一線を越えるともう元に戻れない」という結論に至った。身体の調整機能がリセットされて、体重を減らせない体質になってしまうのだ。


食品業界は「5分で大統領を電話口に呼び出せる」

1980年代に最初のエイズ患者を治療したサンフランシスコ病院の同じ診療科で、ジャン・マルク・シュワルツ教授はいま、肥満患者の身体の中で何が起きているかを理解するための研究を進めている。

糖分が主な臓器に与える影響は、次第に明らかになりつつある。肝臓の周りでは糖分が固まって脂肪となり、2型糖尿病を引き起こす。糖分は衣のように精子を囲い込むため、肥満男性の生殖機能は衰える。しかし、もっとも深刻な影響が出るのは腸だ。シュワルツによると、腸は極めて複雑な神経系であり、「第二の脳」とも言われる。この第二の脳(腸)がより多くの糖分を求めるように条件づけられ、第一の脳に司令を送ると、身体はそれに逆らえなくなる

アメリカで最も強力な政府機関、食品医薬品局(FDA)長官を務めたディヴィッド・ケスラーに、サンフランシスコで会った。1990年にタバコの外箱に警告文が表示されるようになったのは、ケスラーの功績だ。

タバコの外箱には警告文が表示できたのに、食品にそうできなかったのはなぜですか?「あの時点で、タバコと肺がんの関係は否定しがたいほど科学で裏付けられていたし、なによりわたしたちが扉をこじ開けようと押しつづけていたからね。タバコ業界はアメリカとヨーロッパを諦めたんだよ。中国とインドと南アメリカという新市場に商売のタネがあった。だから業界も成り行きに任せたんだ。」

肥満の責任が否定できないほどはっきりした時には(もしそうなれば)、食品業界にも同じことが起きるだろうとケスラーは言う。ただし、食品業界と比べると、タバコ業界は弱かった。食品業界では、さまざまな利益が複雑に絡みあっている。医薬品、化学製品、ダイエット商品、タバコもそうだ。ありとあらゆる周辺産業が肥満をカネ儲けのタネにしているため、食品業界が肥満に結びついていることは周辺産業にも得になる

ワシントンの女性大物ロビイスト曰く、食品産業は政界と深く結びつき、ホワイトハウスにも強いコネを持っているという。「5分で大統領を電話口に呼び出せる彼らには、わたしのようなロビイストは必要ないの」食品業界にはそのくらいの力がある。

1990年代には、食品業界のコネを表すこんな冗談があったと彼女が教えてくれた。「クリントン大統領にモニカ・ルインスキーとのお楽しみを中断させるには?モンサント(2018年 独・製薬化学大手バイエルが買収)から電話だと伝えればいい」

食品業界がこれほどまでに力を持った理由は単純だ。人は食べ物がなくては生きていけない。それがいまや悪習になったからだ。糖分は腸と脳とのあいだに切ってもきれない結びつきを作りあげ、食事を悪習に変えた。いまの食べ物にはタバコやアルコールなみの中毒性がある。しかも、タバコやアルコールと違って誘惑はそこかしこにあり、規制はなく、とどまることはない。

「糖分は快楽だ」とケスラーは言う。「食べることは究極の喜びだからね。一瞬の悦楽を与えてくれる。その悦楽に脳が乗っ取られるんだ」肥満を避けられない環境に周りを囲まれたその瞬間から、わたしたちの脳は乗っ取られてしまったのだ。

食品業界がダイエット市場に参入したのにはもっともな理由がある。だれかを傷つけようとしたわけではない。それは純粋なビジネスだったのだ。

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